土地のリーダーからの電話

 

モザンビーク、マラウィの現地の子達と日々やりとりしています。

 

モザンビークのスタッフからの連絡で、

つの連絡を受けました。

 

 

「アシャンテママの場所の一部が、

勝手に誰かに売られてしまっていた、その売ったのが、

その場所で権限を持つ、土地のリーダーの一人だった。」

 

「みんなで耕していた畑をある日突然、

知らない男の人たちが耕し始めていて、

止めるように伝えると、僕たちは強盗組合

だから。人のもの奪うの。」と。

 

彼たちは、刑務所から出所してきたばかりの

人を殺害した人達だとわかり、

スタッフや畑で働く女性たちに何かあってはいけないし、

このことで警察や裁判所が動いてくれるには、

きっとものすごい労力や財力も必要で。。

 

 

現地で働いているスタッフと

「どうしようか。

どうすることが一番いいのかな」と話し合っていました。

 

でも心の中では、

「みんなに危害が及ばないためには、

もう諦めないといけないのかな。なんて理不尽なんだろう。」

と思っていました。

 

そしたら先日、

その地域を治めているリーダーから連絡が入りました。

 

時差もあって、夜中の電話で、

あぁ、きっと何か嫌な事でも言われるのかな、

土地没収とか言われるのかなと思っていると、

 

なんと、

「問題ないから。彼たちには僕から話をつけたから」と

言ってもらえて。

 

そんなこと言ってもらえるとは思っていなかったので

とてもびっくりしてみんなで喜びました。

 

 

たくさんいる土地のリーダーたち、

最初の頃は、当たり前ですが、

私も協会の活動も怪しいと思われていて、

 

この土地の人たちをイスラム教からキリスト教に

無理やり改宗させるためなのではないか、

現地の人に変なことを教えているのではないか、

何か悪いことを企んでいるのではないか、

と思われていました。

 

 

いつも挨拶をしに行くように心がけて、

なるべくいい関係を築くことができるようにしていましたが、

たくさんいるリーダーたち、数年ごとに代わり、

私が現地から離れても

スタッフの子達もいい関係を保つように努力してくれていました。

 

それとアシャンテママの教室で

現地でも特に貧しい子供たちも

勉強を続けているのをずっと見ていて、

今回このように助けてくれたのかなとも思いました。

 

頑張って働いてくれている

現地のスタッフにも感謝で、

それを支えて下さる日本の皆様にも心から

感謝致します。

 

写真

 畑で働く女性たちのミーティングの様子

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(3)

おトイレの解体

 

一番最初に作ったアシャンテママの教室の

穴トイレは、4年ぐらい前に子供たちと先生たちみんなで

手作りをしました。

 

ただ泥、竹、わらで作った簡素なものだったので

この間大雨が降った時に遂に崩れてしまいました。

 

 

今度は、しっかりレンガで作り直させていただこうと

授業の後に、崩れたおトイレを解体しました。

 

残った泥の塊は、

教室の前の道が穴があいてぼこぼこになってしまっていたので

その穴を埋めるのに再利用しました。

 

 

写真

1枚目、2枚目 崩れてしまったおトイレ

 

 

3枚目、4枚目 みんなで解体中

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

休まず通った子へのプレミオのお洋服の写真

 

 

アフリカの人って

のんびりしていて、あまりまじめに働くっていうイメージがない

人もいると思います。

 

でもアフリカと言っても54か国ぐらいあって、

アジアと言っても、日本とタイとは全然違うように

アフリカ大陸の中でも隣の国同士でも

見た目は似ていても文化や政治、経済、歴史

習慣、人々の雰囲気が当たり前ですが、

全く違うことが多いです。

 

同じ一つの国の中、

同じ町に住む人々の中でも、先進国なんかでは

考えられないくらい貧富の差がとても貧しいので

少し戸惑ってしまいます。

 

ただ一つわかったことは、

ここでは、大部分になる貧しいと呼ばれている人たちは

365日ものすごく働いているなぁと思います。

特に女性たち、子供たち。

 

朝太陽が出る前から起きて、水汲み、薪探し、川や井戸へ洗濯、火をくべて料理、

畑を何時間も耕して、また水汲みにいって。。。

食べる物も十分ではなく。。

 

 

薪探しに行っているとき時に襲われてしまったり、

せっかく川で洗濯した服、盗まれたり、

家に強盗がきて家で一番高価なものの、毛布やお鍋、盗まれてしまったり。

あっさり命までとられてしまうこともあったり。

 

こんな風な環境で暮らす子供たちの支援がまだできていること、

ご支援くださる皆様のおかげです。

 

 

ありがとうございます。

 

 

写真

 

1枚目、2枚目、プレミオのお洋服を受け取る前

 

3枚目 受け取った後の男の子

 

 

 

 

 

 



栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

子供たちの将来の夢

 

 

この間,日本テレビさんに放送していただいた中に、

子供たちの将来の夢を言っているところがありました。

 

アシャンテママを始めたばかりの頃は、

ふとした時にそういえば、みんなの将来の夢って何だろうと思って

子供たちに聞いてみると、

 

「将来の夢は何?」

 

と聞いても、みんな全然答えられませんでした。

 

15歳になる子でも、

そんなことは、今まで誰にも

聞かれたこともなく生きてきて、

みんなびっくりしてしまったそうです。

 

でもアシャンテママで勉強を始めて

8年経った今は、みんなそれぞれ恥ずかしながらも

しっかり答えてくれます。

 

 

「勉強を続けて、教師になって、困っている子供たちに特に教えたい」だったり、

「お医者さんになって病気の人を助けたい」だったり答えてくれました。

 

その中でも

アミドという12歳の男の子、

その子はアシャンテママの学校がある地区から離れた地区に住んでいて、

往復3時間弱ほどかけて歩いて通っている子でした。

 

その子のお家は貧しく、家庭訪問したとき、

お母さんは数日前から遠く離れた場所にある畑を耕しにいって

帰って来ず泥と藁の家で子供たちだけで寝起きしていました。

 

 

アミドは病気がちでよく体調を崩してしまう子だったので

リツアン号(車)で病院まで運んだり家まで送り届けたりしていました。

 

彼の将来の夢は、

 

「勉強を続けて、運転免許を取って運転手さんになりたいです。

そうして、家族を助けたいです。それと病気で動けない人を

車に乗せて病院に運んであげたいです。」と言っていて、

 

アミドのこの将来の夢を聞いて、

やっぱり誰かに助けてもらうと自分も次は誰かを助けたくなるんだなと

思って嬉しく思いました。

 

 

 

 

写真 2つ目のアシャンテママの学校前で、

   プレミオの古具をもらうのを待っている子供たち。

 

※ リツアン号は、リツアンさんから送っていただきました。

 (私の高校時代の野球部の先輩が代表を務める会社です。)

 中古の車を新品のようにきれいにしてくださったのがアトムさんと言う

 掛川市にある車屋さんです。

 

 

 

写真2 マラウイで子供たちのお家を訪問した時

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

職員室

 

数年前に泥で子どもたちと

みんなで手作りした協会のおトイレが

大雨で崩れそうになってしまっていました。

 

なのでレンガでしっかり

作り直してもらっていました。

 

「レンガが余ったから職員室を作りたいですー。」

とアシャンテママの先生たちから連絡が来ました。

 

予算表を見ると

思ったよりとても安くて大丈夫かなと思っていると、

 

「やっと完成したよー」と写真が

送られてきました。

 

「窓があるとその分お金がかかるし

泥棒も入りやすくなるから。」と言って窓はなくて、

ドアは五年前ぐらいに

壊れてしまっていつか使うかもと

取ってあったドアを

再利用して使っていて。。。

 

いついつも

「頂いた大切なご寄付は緊急援助費以外、

なるべく節約節約」

と言ってしまっていたので、

みんなお金をかけずに。。と

作ってくれたんだなと思いました。

 

 

写真をみてくれた

日本のお一人の方が

「地下牢みたい。。。」と。。。

 

なんだか申し訳なくなりました。。

 

 

中は明るい色のペンキを塗らせてください。

 

あとドア閉めると真っ暗に

なってしまうため

豆電球を。。と思います。

 

今、現地を離れていますが冷静に、

客観的に物事を考えれて、

自分自身に反省点ばかりです。

 

もっとみんなが働きやすくなることも

考えてサポートしていきたいです。

 

 

写真

 

完成した職員室外観と

職員室の中の写真です。

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

元級友とイザキのこと。


以前通っていたモザンビークの医療学校の

クラスメートがまた一人亡くなってしまったと連絡がありました。


亡くなってしまった原因は

彼が村の医療センターで勤務中に

武装した男たちに5、6人が銃殺され

その中の1人だったそうです。


約2年前には、

モザンビークで内戦状態になってしまった地域にある

病院や医療センターで、毛布、シーツ、薬品、

手術器具を盗むために

反政府軍の武装した人たちが押し入って

略奪が起こっていました。


でも今はありがたいことに内戦状態ではなくなって

しばらく経ち、安心していたところでした。


なのに、どうして。。と思ってしまいます。。

(犯人たちは凶暴な強盗たちという人もいるし、国内メディアではイスラム過激派の犯行ではと報道していました。)


殺されてしまった彼は、

私のすぐ後ろの席に座っていて

まじめで物静かな人でした。


村の医療センターで働きながら

結婚して子供が一人生まれたと以前

聞いていました。


殺されてしまった彼たちのご冥福をお祈りするとともに、

とても悲しい気持ちと

なんでこんなことが起こるのだろうという気持ち、

残された彼たちのご家族の気持ちを想い、胸が痛くなりました。

 

アシャンテママの教室に通っている

イザキという10歳ぐらいの男の子も、

数か月前に亡くなりました。


イザキは、ブッシュの中で1か月間大勢の子供たちで

寝泊まりする割礼の儀式で

そこで体調を崩して亡くなったそうです。


その儀式にいる間の1カ月間は、

たとえ体調が悪くなっても

抜け出すことは許されないとも聞きました。


イザキはご両親を小さい頃に亡くし、

おばあさんに引き取られて

何にもないわらと泥のうちで、水汲み、薪拾い、畑を耕して

幼い兄弟の面倒をみて日々暮らしている子でした。


アシャンテママで鉛筆の握りかたから覚えて

やっと政府の学校にも入学手続きを済ませて、という時でした。

とてもとても悲しいです。。


どうかイザキが今頃、

天国でご両親と会えてみんなでゆっくり出来ていますように。。


残されたイザキの幼い兄弟たちに

今後も支援を続けさせていただきたいです。


厳しい家庭環境にある子達や

父親も母親も亡くしてしまっている子供たちには

一緒に働いているスタッフに家庭訪問を頻繁にしてもらったり、

私も今は遠くからですが、

今後も特に気にかけていこうと思います。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

子供たちの成長

 

協会の子供たち、在籍約500人以上の子供たちが

アシャンテママの場所に通ってきています。

 

半年以上ぶりに会うみんなが

変わっていないようで成長しているような気もしました。

 

5年前ぐらい前、一人の女性が家で赤ちゃんを

産み落としたと連絡が入った時

私とルーシアさんで急いでその女性と一緒に病院に運んだ

砂まみれの赤ちゃん、小さな小さな赤ちゃんでした。

 

その子のお母さんはしばらくして亡くなってしまいました。

お父さんも行方不明で、

親戚のうちに預けられながら

お兄ちゃんたちに連れられて

その子は赤ちゃんの頃から

アシャンテママに通っていました。

 

2年ぐらい前から

お兄ちゃんたちと別々の親戚のうちに

引き取られてしまったと聞きました。

 

その後どうしているか元気にしているか

心配して親戚のお宅を時々訪れていたのですが、

今回、成長してそれぞれ15歳、10歳、4歳になり

村から戻りアシャンテママにまた通いだしていて

再会することができました。

 

15歳の男の子、出会った頃は、

戸籍も学校にも通っていない子でしたが

今も勉強を続けていて

身長も伸びていて

しっかりした男の子になっていて

とても嬉しかったです。

 

皆様のご支援で

今もこうして続けさせていただいている活動ですが、

こういった子達の成長のお手伝いが

今後ともできればと思っております。

 

ご支援いつも本当にありがとうございます。

 

 

写真

 

産まれたときは砂まみれの小さな赤ちゃんでしたが

今はこんなに大きくなりました。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(1)

養豚プロジェクト

 

モザンビークに住んでいた間ずっと、今でも

早朝に電話が鳴るたびにドキっとします。

 

早朝に電話がなるのは何かが昨夜に起こって

その報告の場合が多いからです。

 

泥棒、強盗に入られたとき、誰かが亡くなってしまったときなど

早朝の電話で報告を受ける場合が多いです。

 

今回も早朝にモザンビークから連絡が入り、

心配しながら電話をかけ直すと、

豚たちが夜中に毒殺されてしまいました。

 

20匹いた豚たちのほとんどが殺されてしまいました。

 

数人組の男たちが餌の中に混ぜた毒で豚を殺してから

運びだそうとしていて、見張りの男性が起きて外に向かって

大声を出すと逃げていったそうです。

近所の人たちに助けを求めて

まだ息のある豚たちに無理やり塩水を飲ませて吐かせて、

また強盗たちが戻ってこないように

外で焚き火をして朝まで過ごしてくれたそうです。

 

同じ強盗たちだと思いますが、

その日の夜、豚小屋の近所の4軒の家に

強盗に入ろうとしてそれぞれの家主に気づかれて失敗して

最後に入った家で家のドアだけ盗んで逃げて行ったそうです。

 

ここ最近、家畜を奪われる被害が近くの集落、村で頻発していて

多くの家畜が殺されて盗まれてしまっていたようです。

 

たった一晩で20匹ものヤギを奪われてしまった人、

警察官の住む家の庭にある豚小屋ですら強盗たちがやってきたそうです。

 

自立支援のために、

2015年から2匹の豚たちから始めさせていただき、

時々売ったりして

少しずつ増やしていった豚たち、

ルーシアさんたちとも話合った結果、

またいつ強盗がやってくるかわからない、

見張りの人の安全も考えて

継続することは難しいのではと考えております。

とても残念で心から申し訳なく思います。

 

 

協会のスタッフと、前に泥棒や強盗について話していたときの

ことを思い出しました。

 

旦那さんを亡くして数人の子供たちを一人で

育てているフィロメーナさんが

 

「この協会で働かせてもらえる前は、

赤ちゃんを背中に背負って、

他の子供たちと一生懸命毎日畑をくわで耕して、やっと収穫ってなった時に

全てを盗まれてしまうことが続いてもう絶望しかなかった。

いくら努力しても、たった一晩で誰かに全てを奪われてしまうのは

本当に辛い。」

 

マニュエルも

 

「この地区に住むうちらは、

毎晩、毎晩、今夜こそ強盗が自分の家にやってくるかもと

びくびくしながら暮らしているよ。ナタを枕元に置いて寝て、

もしものときは戦って

そして神に祈るしかそれしかできないよ。」と。

 

「物だけで、命まで奪われなければそれで良かったと思わなければ」と

よくみんなが言っていたことも思い出しました。

 

安全のない暮らしに住む人たちの辛さ、

安全のある暮らしありがたさ

なんだかいつも考えさせられます。

 

 

写真

 

ルーシアさんたちが送ってくれた証拠写真。

 

残されていた毒入りの餌と

強盗たちが逃げていくときに

脱げたらしい運動靴。。。

 

殺された豚たちの写真も送ってきて

とても悲しかったです。

 

養豚プロジェクト成功することができず

本当に申し訳なく思います。

 

 

 

 

 

 


栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

豚小屋と山羊小屋の見張りの男性


早いものでもう1月半ばになりますね。

時間はどんどん過ぎ去っていきますね。


日本は寒い日々が続いていることと思いますが

みなさまご自愛されますように。。


以前に書いた協会の豚小屋の見張りの男性のその後の

ご報告をさせてください。。


この男性、協会の畑の一部の土地を勝手に

他の人に売ってしまいお金をだましとっていて、

そのだました相手の身分証明書も持ったまま

逃亡してしまっていたことがわかったそうです。


一緒に働いてくれている現地のスタッフと話し合った結果

警察に届けることにしました。


この泥棒になってしまった見張りの男性から

他のスタッフに

「またいつでも襲いにいく」と脅しのような電話が

かかってくるようになり、

みんなでますます警戒するようにしています。

とても残念です。


2つ目の協会のセンター(勉強小屋)で試しに

やぎを2匹飼い始めていたのですが、

ヤギが行方不明になってしまったそうです。


数日後、近所の男性がオスのヤギを殺して食べてしまっていて、

残ったメスのヤギだけ返してもらいました。


メス(お嫁さん)の目の前でオス(旦那さん)のやぎが

殺されてしま ったのかなと思って本当にかわいそうなことを

してしまったと落ち込みました。


ルーシアさんたちが警察にお願いして、

この件も間に入ってもらいましたが、

警察が動いてくれるための警察官のバイクへのガソリン代、

無事にヤギが一匹だけでも返ってきた謝礼を

暗黙の了解のような感じで払わなければならず、

この警察とのやりとりもかなり神経を使うことで

こういうことがあるたびに駆け引きみたいなものが

いつも難しいなぁと思います。

 

無事にヤギは一匹返ってきて一安心していたのですが、

今度はここの見張りのご家族に揉め事が起こってしまい、

奥さんと旦那さんがレンガを投げ合うけんかになり

大けがを負い、別居することになり

家をどちらが出ていくかで揉めていて。

その混乱のときに、なぜか協会のくわやなた、木材が紛失し。


喧嘩になった原因は、

本当か嘘かはわかりませんが、

ご夫婦の子供の3人は奥さんが誰かと浮気して作った子達だと

集落に住む人々が旦那さんに伝えたようで。


旦那さんは大激怒で別に女性を作ってしまい

協会のやぎの世話をろくにしなくなってしまったと聞き、

このままではヤギがかわいそうで

急いでやぎをルーシアさんが住んでいる

町にある協会の教室で預かることになりました。


近くに住んでるアメリカ政府のボランティア(平和部隊)を

アフリカでしていた経験がある友人にこのことを話すと、


彼女が、

「 私もアフリカに3年いたけど、

私たちがプロジェクトを去って、現地の人たちに受け継いでも、結局

継続できずにだめになってしまう場合が多いよ。

アメリカ政府はボランティア派遣のために途方もない額のお金、

使っているのにね。」って。


それを聞いて更に落ち込んでいると、

 

パートナーが、

「まぁでも、次元は全然違うけど、

カタルーニャ州(バルセロナがあるスペインでお金持ちな州)の

自治政府の人たちを筆頭に中央政府に反発して独立運動とかやっているし。

いつもなんかしらの問題はあって当たり前だよ。

貧しくて、死が間近にある地域で活動をしてて 、

協会の同僚同士で殺し合いしてないだけでもましだと思いなよー。

何百人といる貧しい子供たちに教育を受ける場所を

提供できているだけでもものすごいことだよー。」 と言ってもらえて。


色々葛藤はありますが、

問題はありながらも

ルーシアさんを筆頭に協会で働くみんながどうにか解決しようと

してくれていて電話やメッセージで連絡をもらうたびに

何かが起こっても、あまり欲張らずに、

みんなが安全であり子供たちが勉強を続けることが出来て

いれば。。と少しだけ思えるようにもなりました。

(もちろん費用対効果はいつも念頭にありますが。)


反省はしても後悔ばかりせずに、これからどうするかを

考えていきたいです。

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(3)

豚小屋の見張りの男性

 

協会の豚小屋の見張りとして

豚小屋の近くの家に家族で住んでいてくれていた男性。

 

 

畑の土地の土を勝手に掘り起こして

トラック一台分の土(500円相当)を売ってしまって

畑がぼこぼこになってしまったり、

畑で働く女性たちと些細な事で

いつも口論になってしまったり。

 

そのたびに注意して、なだめてを

一緒に働いてくれているみんなとしていました。

 

月に1回ある、協会で働くみんなで開く集まり(会議)で

別の見張りの人を探したほうがいいんじゃないかっと言う意見もありながら

結局誰にしても変わらないんじゃないって意見もあり、

「もうしません。」と言って謝罪をして

物を誰かに売ってしまったときは、そのお金を返金して

そのまま働いていました。

(ここでは見張りの人が逆に物を盗むことはとても良くあることなため)

 

ついにこの前、

協会で一生懸命育てている豚を一匹

売りさばいてしまったそうです。

 

そのことをルーシアさんたちが問いただすと、

逃げて行ってしまったそうです。

 

数日後には、夜中に泥棒として戻ってきて、

豚2匹、犬(名前はもみじ)、自転車、除草剤の道具、くわ、なた、お鍋、

とんかち、懐中電灯、長靴などの協会備品を盗んでいきました。

 

彼が逃げてしまってから代わりに見張りの小屋で

住んでいてくれていた青年まで

一緒にいなくなってしまったので

青年の身を心配していましたが、

実はグルだったようです。。

 

彼はきっと何か不満だったのかな、

もっとこうすれば、ああすればよかったのかな、

などぐるぐる頭に回り始めて落ち込みました。

 

かわいがっていたもみじ(犬)も連れ去られてしまった

こともとてもショックで、空腹ではないかな、

痛めつけられてないかな、

どうかどうか餌を与えてくれる人に

売られてくれればと願っていました。

 

しばらくしてもみじが自力で戻ってきたと聞き、

とても嬉しかったです。

 

そして彼はまた残った豚たちを盗みに

仲間集団で夜中に現れて、

でも新しく働いてくれている見張りの人が

大声を出して石を投げて応戦したら逃げて行ったそうです。

 

一緒に働いてくれていた人が逆に盗みに戻ってくることは

ここでもよくあることではありますが、

なんだか色々考えさせられました。

 

そして見張りの人が

強盗たちに殺されてしまうこともあるので

電気がまだない地域なので、

「もしも強盗たちが来たら

家の中から出なくていいから、命が一番大切だから」と

いつも伝えています。

 

豚も数匹売れて、

今は子豚も含めると20匹育てています。

 

ただ強盗や泥棒がいつ来てもおかしくないし、

見張りとして小屋のそばに住んでくれている

ご家族のことも心配でこのまま続けていいのかと

考えてしまいます。

 

 

写真 豚小屋の子ブタたち

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(13)
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