マラウィ南部に戻りました。

 

モザンビークの私の住んでいる州での襲撃は最近おさまっています。

 

協会のある町は

かなり発展もしてきているし、

いつもの日常がありますが、

 

経済の悪化、急激な物価の上昇、
変わらず殺人を含めた犯罪の多さ、

この紛争に対しての
現地の人々の間で話されている怖い噂話、

 

個人で活動している身としては

不安に思う点は正直まだ多いです。

 

マラウィ南部側に生活拠点を移して数か月経ちます。


時々モザンビーク側に戻り(2か月に1度ほど)
あまり目立たないようにして
協会の活動をサポートしています。

 

私はいない間は、ルーシアさんをはじめ

みんながしっかり働いてくれています。

 

町自体は紛争の直接的な影響は全くなく、
町中にいれば全く平和です。

 

マラウィの国境から

この町までの陸路での移動も問題ないです。

 

しばらくまたモザンビークにいたのですが、
今はまたマラウィ側に戻りました。

 

少しずつブログにも書いていたのですが、
マラウィの南部の小さな貧しい村でも
両親あるいは片親を亡くしてしまった子供たちへの
教育サポートをする活動を始めました。

 

詳細をブログでご報告させていただけたらと思います。

 

 

写真

 

バケツを頭に乗せて運ぶ

練習中の協会の女の子。

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(6)

同じ町での格差


今もモザンビーク中部のいくつかの地域は安全とは言えず、

まだ危険地帯は、政府軍に護衛されながら

全ての車が決まった時間に

一斉に連なって移動しています。

 

先月も、協会で一緒に働いてくれているスタッフの兄弟が、

その地帯をトラックで移動していたときに銃撃され

トラックが横転して、

隣に乗っていた友人と二人とも肩と足を撃たれ

トラックや荷物その場に放置して

身一つでなんとか逃げきれ戻ってきていました。

 

でもモザンビーク首都の大都会の中にいると

まるで平和な別の国にいるような感覚になりました。

 

高層ビルがたくさん建ち並び

ライトアップされたおしゃれなレストラン、

行き交うおしゃれな人々、渋滞だらけの道路、

東京にいるような感覚にすらなりました。

アジア系、欧米系、アラブ系、

外国人の人々の多さにも驚きます。

 

色々な問題(紛争、干ばつ、IMFの隠された莫大な借金)が

ありながらもどんどん発展している首都がある南部、

発展のペースが南部に比べてゆっくりな北部。

 

協会が活動している北部の州は、

発展が一番遅れていて、

「忘れられた州」「貧民の州」と言われています。

 

首都や他の栄えている州に住んでいる

モザンビーク人の友人たちにも

 

「そんなブッシュの中でよくも何年も住んでいられるね。」

と何年もずっと言われ続けています。

 

私の州の病院には、

キューバ人、北朝鮮の医師などの外国人医師が多いのも

 

「モザンビーク南部出身の医師たちは、

この州では働きたがらないから逆に外国人医師が

この州に派遣されられているんだよ。

本音を言うと僕たちも

首都やもう少し大きな都市で働きたかった」と

キューバ人の医師の方達が言っていました。

 

 

でもこの8年で、立派な地方都市と呼ばれるぐらいに

この町も徐々に発展してきています。

 

町の中心部には、エアコンがかかっている

大きな銀行がいくつかでき、

ATMもずらっと並んでいます。

 

町なかには信号が2つもできました。

 

そして犬のドックフードも売っている

大きなスーパーマーケット

(お客さんまだ少ないですが)も出来ました。

 

マラウィ南部の村と比べると立派な地方都市に感じます。

 

ただこの町の中でも、協会の勉強小屋周辺の人々と

この町の中心部に住む裕福な人々を比べると

何百年も別の時代を生きているのではと

いつも思ってしまいます。

 

この発展が、ただ貧富の格差を更に生み出すだけではなく、

貧しく厳しい環境で暮らす人々の生活にも

いい影響が出ればと思います。

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

1年ぶりのマプト

 

 

 

 

今はモザンビークの首都のマプトにいます。

日本大使館の草の根援助の会合にありがたいことに

参加させていただきました。

 

マラウィの電気も水道もない
最寄りの乗り合いワゴン乗り場(公共バス)まで

約10キロ離れているとても小さな村にいたので、

 

モザンビークの首都のマプトにきて

たくさんの車で渋滞しているきれいな道路、

見上げるほど高いのビルの数々、

おしゃれにライトアップされたビル、

お店の数々に圧倒されています。

 

1年ぶりのマプトですがますます発展していて

人々は都会的で洗練されておしゃれで丁寧で

テキパキ働いている印象です。

 

 

最近、疲れがたまると

風邪をすぐにひいて、

こじらせてしまうことが多くなりました。

 

先月から風邪をこじらせてしまって、

2週間以上しっかり眠れず、

一睡も全く眠れない夜があったり、咳も止まらず、

体がだるくて辛くて仕方がありませんでしたが、

やっと今日の朝から少し元気になりました。

 

体調が悪いと、精神的にも落ち込んでしまい、

物事を悪いほうにばかり考えてしまうので

やっと元気になれてほっとしています。

ブログの更新が止まってしまっていて

協会の活動報告ができていず、

申し訳ありませんでした。

 

 

日本は今、冬の寒い季節だと思います。

皆さまどうか温かくして過ごされますように。。

 

 

 

マラウィ南部の村の近くの写真

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)

干ばつの影響

 

今年は、マラウィ、モザンビークを含めた南部アフリカ全体で、

5カ月ほど続く雨期に降るはずの雨がとても少なかったです。

 

地域にもよりますが、

井戸の水、川も干上がってしまってかなり遠くまで水を汲みに行く

貧しい人たちが今の時期とても多いです。

 

みんな頭の上に水の入ったバケツを乗せて運びますが
マラウィ南部では、気温が32度から

ひどい地域は毎日43度ほどありとても暑いです。

そんな中での水汲みはかなりの重労働です。 

 

今年は干ばつがあったために、

主食の乾燥トウモロコシなどの収穫が例年に比べかなり少なく、

値段がとても上がってしまい
みんな更に食べる物に苦しい状況です。

 

マラウィ南部の貧しい村でも両親、あるいは片親が亡くなってしまって
苦しい生活をしている子供たちがとても多く、

何かここでも少しでもサポートができればと思っています。

 

  写真  マラウィ南部の村の子供たちと、

モザンビーク北部の水汲み場 

 

小さい子達も自分が運べるだけの水を運んで家族を助けます。

 

 


 

 

 


栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

犬のルーサ

 

数か月前、約8年間一緒に住んでいてくれていた犬(ルーサ)が

突然死んでしまいました。

 

生後すぐにコンゴ人の友人から買った大切な犬です。

最近痩せてしまっていて心配していたところでした。

それでも夜少しでも怪しい音がすると変わらず、

ものすごい勢いで吠えてくれていました。

 

 

モザンビークでは協会の仕事以外は

孤独な時間も多かったです。

 

家に押し入ってくる強盗対策で飼いだした犬たち、

大量のねずみ対策に飼いだした猫たちが

一緒に住む私の大切な家族で

いつも孤独を癒されて助けられていました。

 

この約8年間、

この町にいるときは、夜は安全のために基本的に

いつも一人で家にいたので、(クリスマスや年越し、誕生日も )

ルーサたちは話し相手になってくれていました。

 

自分の食べる物も、ずっと節約節約で生活していたので、

動物のお肉、鶏も高いのであまり買わずにいて、

ルーサたちにも食べさせてあげる機会が少なかったこと

とても申し訳なく思いました。

 

お金持ちの人が行く高級スーパーマーケットで

おいしそうなドックフードが売っていたことがありましたが、

値段が高くて買ってあげる勇気がありませんでした。

 

動物を解体して売っているところで、

ルーサ達が大好きな余った動物の骨や皮の部分だけでもと

安く売ってもらうこともありましたが、

それですら途中から

値段が高くなってしまっていて頻繁には買えず。。

 

いつも自分のおかず(葉っぱやお豆の食べ物)か、

もみ殻と干した小さな魚を混ぜただけのことも

多かったことものすごく後悔しました。

 

自分にとっても贅沢なおかずの一つになる

シーチキンの1つ缶、みんな(犬3匹、猫4匹)で油汁まで分けて

食べるのですが自分が一番多い分量、食べてしまっていました。

 

ケチらず、もっとおいしいもの食べさせてあげればよかった。。

 

「人間にとったら、動物(ペット)と過ごすのは自分の人生の中の

たった数年、あるいは十数年だけど、

寿命が短い動物たちにとったら飼い主が全てで、

一生ともにする相手なんだよ。」って日本で聞いたことを思い出しました。

 

色んな事に追われ、慌ただしく過ごしてしまっていて、

あんまり遊んであげることができなかった日々もとても後悔しました。

 

「人や動物は死んだら、

今まで死んでいってしまった人たち、動物たちにまた会える。」と

聞いたことがあるので

私もまたルーサや亡くなっていってしまった人たち、

動物たちに会えることをいつかの楽しみに今を大切に生きて行きたいです。

 

ルーサも、昔一緒に暮らしていて、

誰かに殺されてしまった犬(ぶーにゃん)に

今頃会えて楽しく暮らしていると願っています。

 

写真ルーサ

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(5)

移動の時のお手洗い

 

モザンビークでの別の町や村までの公共の移動は、

人でぎゅうぎゅう詰めの乗り合いワゴンや、バス、トラックの後ろの荷台です。

 

協会で働いてくれている一人の女性の甥っ子が、

モザンビークの首都のマプトで勉強していて、

数年ぶりに戻ってくると数日前から聞いていました。

 

首都のマプトからこの町までうまくいけばバスで2日間で着きます。

 

首都からこの町までのバス代、みんなにとったらとても高いですが、

数年ぶりに戻ってくるというのでみんなでお金を集めて出し合ったようでした。

 

その子がバスに無事に乗ってこっちに向かっていると聞き、

家族みんなで彼が数年ぶりに帰ってくるのを楽しみでたまらないと言っていました。

 

ところが到着する前に亡くなったと聞きました。

 

ここの長距離バスには、トイレはもちろんついていず、

みんな水分をとらないようにしたり、尿意をなるべく我慢しています。

 

バスの運転手さんにもよりますが

お願いすれば止まってくれる場合、

なかなか止まってくれない場合もあります。

 

バスの運転手さん自体がおトイレをするためにバスを止めたタイミングで

みんなも一斉に外に出てブッシュの中で散らばって用を足すことが多いです。

 

この子もそのすきに急いでブッシュの中に入って用を足して、

戻った時にはちょうどバスはもう出発してしまっていたところで、

彼は必死にバスの車体の後ろにしがみついたそうです。

 

でも途中で力尽きてバスから振り落とされてしまい、

頭を打ち、道端で死んでしまっているのが発見されたそうです。

 

彼の無念、家族の深い悲しみを思うと言葉が出ませんでした。

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

蚊取り線香

 

 

去年に日本にいたときに、蚊取り線香も持ってきました。

日本の蚊取り線香のけむり、高級な香りな感じがして、

高級感が部屋に充満する気がします。

それにとても心が落ち着きます。

 

1つまるまるを一晩で使ってしまうのは

もったいないのでちびちび折って使っています。

 

ものすごく落ち込んでしまって弱ってしまっていたとき、

そういう小さな幸せも感じられなくなってしまうぐらいで

眠れず、食べれず、そういう時は、無理をせず、

夜は、蚊取り線香などのいい匂いなどに包まれて横になって、

ひたすら時が過ぎるのを待つことがいいときもあるんだと気づきました。

 

 

今は1日が無事に終わって、蚊取り線香を焚きながら

布団に横になれる幸せを感じています。

 

やるべきことをやりながら

毎日をもっと大切に丁寧に生きようと思いました。

 

 

写真 

 

主食のしま(乾燥したトウモロコシ)の製粉所の前の写真

 

停電中のため、

みんな乾燥したトウモロコシを入れたバケツで

順番を作って電気が戻るのを待っているところ

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(5)

友人のロッジ

 

  

以前、ブログにも書いた、

数年前に、この州にある湖のほとりのロッジを

イギリス系南アフリカ人の友人たちが始めました。

 

共同経営だったモザンビーク人の女性と

経営上のお金のことで揉めてしまっていると

ずっと前から聞いていました。

 

それからしばらくして、

彼たちがいない隙に、ロッジにこの女性が火をつけ、

全焼してしまい撤退を余儀なくされてしまったそうです。

 

彼たちはとてもショックを受けて

南アフリカに戻っていきました。

 

私もこの火をつけた女性と

昔からの知り合いでもあり、一生懸命

手作りのような形で労力、時間をかけて

ロッジを作っていた友人たちを

知っていたのでとても残念でした。

 

この火災で亡くなった人はいなかったことが救いでした。

 

4年前にロッジに遊びに行った時のブログ

 

http://purako.jugem.jp/?eid=293

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(0)

フィリピン人の友人の出国


自分の家から勉強小屋まで通うのは全然問題ないのですが、
町の中心部に行くことが
反射的に怖くなってしまっています。

考え方ひとつで見方も全然変わるので
小さいことは気にしないようにと思っています。

ここの町のはずれに住む
友人ご夫婦のお宅で久しぶりにお昼を食べました。
オランダ系南アフリカの旦那さんと
コロンビア系アメリカ人の奥さんで
キリスト教(プロテスタント)の布教のために
モザンビークにやってきて今は商売をしています。

聖書の話や二人の話を聞いたりして
祈りをささげてくれました。

「何度ももうここでの生活は無理だと思って
出て行こうと思ったけど、
神様のお導きがあって、まだ残ろうと決めたんだよ。」
と言っていました。

もうこの町には住んでいず
首都に引っ越して英語教師をしていた
仲良しだったフィリピン人の友人が
10年近く住んでいたモザンビークを出国しました。

「もうこの国に戻ってくることはないと思う」と、
ずっと悩んで出した決断、とても前向きでした。

キリスト教の布教でモザンビークに住んでいる
親しいブラジル人の友人が
「さやかは神様をもっと信じなさい。
神様を信じていれば何も怖いものはないよ。」と
教えてくれました。

人生、塞翁が馬、
前向きに前向きにと思います。



写真
イスラム教の断食明けのときのお祝い。

モザンビークでは、クリスマスが祝日になるのですが、
イスラム教の人たちがなぜキリスト教のお祝いの日だけ祝日なのかと
問題になったようで、今は「家族の日」として祝日になっています。

勉強小屋の子供たちもイスラム教の子達が多いのですが
最近キリスト教の教会もかなり出来てきています。

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(5)

元気になりました。



朝晩冷えるようになってきました。

去年の年末に日本に帰れたときに
ずっと欲しかった温度計を買ってきました。
毎朝朝起きてからすぐ
温度をチェックするのが楽しみのひとつです。

最近は朝家の中は14度ぐらいで徐々に
寒くなってきました。

1月に戻ってきたときは、日中、家の中が35度まで
ある日もあって暑かったですが
これから7月に向けてどんどん寒くなります。

理不尽で、ものすごく怒鳴られ、状況が悪くなるばかりで
ずっと1か月半ほどずっと怖くて、いつも心臓が痛くて動悸がしていました。
(私はここでは外国人になるため、万が一を考え、
詳細が書けなくてごめんなさい。)

世の中にはもっと比べ物にならないぐらい
想像を絶する苦しい状況に置かれている人々がいるし
今やるべきことをと思ってひたすら必死になっていましたが
眠れない日があんまりに続き、体中、顔中にも発疹ができて
精神的に追い詰められたようになり参ってしまっていました。

時間が経って、怖い思いも和らぎ、
本を読めるぐらいになり、元気になりました。
オレンジの表紙の「ブッタの言葉」という本を読み
勉強になりました。

そしてブログに温かいコメントをいただき嬉しかったです。
ありがとうございます。。

早く解決できればと思います。

また協会の活動についての報告を書いていきます。

ご支援心からお礼申し上げます。

 
栗山さやか | 日々の暮らし | comments(13)
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