友人のロッジ

 

  

以前、ブログにも書いた、

数年前に、この州にある湖のほとりのロッジを

イギリス系南アフリカ人の友人たちが始めました。

 

共同経営だったモザンビーク人の女性と

経営上のお金のことで揉めてしまっていると

ずっと前から聞いていました。

 

それからしばらくして、

彼たちがいない隙に、ロッジにこの女性が火をつけ、

全焼してしまい撤退を余儀なくされてしまったそうです。

 

彼たちはとてもショックを受けて

南アフリカに戻っていきました。

 

私もこの火をつけた女性と

昔からの知り合いでもあり、一生懸命

手作りのような形で労力、時間をかけて

ロッジを作っていた友人たちを

知っていたのでとても残念でした。

 

この火災で亡くなった人はいなかったことが救いでした。

 

4年前にロッジに遊びに行った時のブログ

 

http://purako.jugem.jp/?eid=293

栗山さやか * 日々の暮らし * 23:27 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

フィリピン人の友人の出国


自分の家から勉強小屋まで通うのは全然問題ないのですが、
町の中心部に行くことが
反射的に怖くなってしまっています。

考え方ひとつで見方も全然変わるので
小さいことは気にしないようにと思っています。

ここの町のはずれに住む
友人ご夫婦のお宅で久しぶりにお昼を食べました。
オランダ系南アフリカの旦那さんと
コロンビア系アメリカ人の奥さんで
キリスト教(プロテスタント)の布教のために
モザンビークにやってきて今は商売をしています。

聖書の話や二人の話を聞いたりして
祈りをささげてくれました。

「何度ももうここでの生活は無理だと思って
出て行こうと思ったけど、
神様のお導きがあって、まだ残ろうと決めたんだよ。」
と言っていました。

もうこの町には住んでいず
首都に引っ越して英語教師をしていた
仲良しだったフィリピン人の友人が
10年近く住んでいたモザンビークを出国しました。

「もうこの国に戻ってくることはないと思う」と、
ずっと悩んで出した決断、とても前向きでした。

キリスト教の布教でモザンビークに住んでいる
親しいブラジル人の友人が
「さやかは神様をもっと信じなさい。
神様を信じていれば何も怖いものはないよ。」と
教えてくれました。

人生、塞翁が馬、
前向きに前向きにと思います。



写真
イスラム教の断食明けのときのお祝い。

モザンビークでは、クリスマスが祝日になるのですが、
イスラム教の人たちがなぜキリスト教のお祝いの日だけ祝日なのかと
問題になったようで、今は「家族の日」として祝日になっています。

勉強小屋の子供たちもイスラム教の子達が多いのですが
最近キリスト教の教会もかなり出来てきています。

栗山さやか * 日々の暮らし * 23:02 * comments(5) * trackbacks(0) * - -

元気になりました。



朝晩冷えるようになってきました。

去年の年末に日本に帰れたときに
ずっと欲しかった温度計を買ってきました。
毎朝朝起きてからすぐ
温度をチェックするのが楽しみのひとつです。

最近は朝家の中は14度ぐらいで徐々に
寒くなってきました。

1月に戻ってきたときは、日中、家の中が35度まで
ある日もあって暑かったですが
これから7月に向けてどんどん寒くなります。

理不尽で、ものすごく怒鳴られ、状況が悪くなるばかりで
ずっと1か月半ほどずっと怖くて、いつも心臓が痛くて動悸がしていました。
(私はここでは外国人になるため、万が一を考え、
詳細が書けなくてごめんなさい。)

世の中にはもっと比べ物にならないぐらい
想像を絶する苦しい状況に置かれている人々がいるし
今やるべきことをと思ってひたすら必死になっていましたが
眠れない日があんまりに続き、体中、顔中にも発疹ができて
精神的に追い詰められたようになり参ってしまっていました。

時間が経って、怖い思いも和らぎ、
本を読めるぐらいになり、元気になりました。
オレンジの表紙の「ブッタの言葉」という本を読み
勉強になりました。

そしてブログに温かいコメントをいただき嬉しかったです。
ありがとうございます。。

早く解決できればと思います。

また協会の活動についての報告を書いていきます。

ご支援心からお礼申し上げます。

 
栗山さやか * 日々の暮らし * 05:23 * comments(13) * trackbacks(0) * - -

うちのごはん。


写真
うちのごはんです。

ここではなかなか高級食材になるりんご、シーチキン、鶏、やぎも
時々食べてます。(貧しい人々にとったら超高級食材です。)

だいたい下の3つのメニューがうちの
欠かせない定番メニューです。

お豆とごはん。
さつまいもの葉っぱ(日によって違う種類の葉)と主食のしま
さかなとしま

日本の食べ物のおいしさ、種類の豊富さが恋しいですが、
それでも食べるものが家に常にあることは
ありがたいことだなぁと思います。




栗山さやか * 日々の暮らし * 07:23 * comments(0) * trackbacks(0) * - -

状況


日々自分の回りでそれぞれに起こること、見聞きすること、
取り巻く環境、情勢、協会のありかた、人とのかかわり方。
唯一信頼できそうだと思っていた人が逮捕されてしまって、
色々な状況が悪くなるばかりです。
正直毎日不安です。

現地で立ち上げた小さな協会であり、
この国の情勢、複雑で難しい問題もあり、
すこし、四面楚歌のように感じて悩んで落ち込んだまま
1か月が過ぎました。

努力しなければいけない部分、
できることのことはできるだけやろうと思っています。


Even the hardest experience will turn out to be a great memory."
「どんなに辛い事でさえ必ず懐かしい想い出になるよ」

坂之上洋子さんの本に書いてあった
言葉をまた思い出して頑張ろうと思います。


もっと恐ろしい現実に向き合って努力している人々もいるし、
色んな事と向き合ってなんとかしようと
みんな生きていくものだしと前向きにと思っています。


どういう風な結果になるにしろ、
少しでも穏やかに生きている時間を大切にしていきたいと思います。

2011年に書いた自分のブログにも
同じようなことが書いてあって
今振り返ってみるとなんで当時あそこまで苦しんだのか
と思うぐらいなので、
きっと今回のことも時間が解決してくれると
またこれで視野も広がって強くなると信じたいです。

いつも協会を応援してくださってありがとうございます。
子供たちは元気に勉強頑張っています。






 
栗山さやか * 日々の暮らし * 19:05 * comments(7) * trackbacks(0) * - -

悲しい知らせ



この町のはずれに住むアメリカ人のご夫妻がいました。
3人のかわいい娘さんがいて。

キリスト教(プロテスタント)の宣教師で布教のために住んでいて
色々な村にある小さな教会に行って説教をしたり、
聖書の勉強会を開いたり。

私より少し年上だった旦那さんが
1週間ほど体調を崩してしまっていて、
亡くなってしまったと。

死因はマラリアで、
投薬が遅れてしまったようです。


残されたご家族はアメリカに帰っていきました。


協会の勉強小屋に通っていた15歳ぐらいの女の子。

「もうずっと勉強小屋にきてないな。
元気かな。畑のお仕事とか忙しいのかな。
政府の学校にはしっかり通っているかな。
そのうちまた様子を見に行ってみよう」と思っていたのですが。

数日間、具合が悪くなって、その後亡くなってしまったと連絡がありました。


ご冥福を心からお祈り申し上げます。

こういう場所で生活しているのだから仕方がないというかたもいます。
でも、色々考えてしまいます。











 
栗山さやか * 日々の暮らし * 23:56 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

自分の住んでいる町に戻って


   

1か月前にいたモザンビークの首都マプト、
 都会生活に感動していました。

 でも警察官数人の人たちと色々あり。

数日間泊まっていたバックパッカーの宿でも
 いろんな国からの旅人がモザンビークの警察官と
 色々あったことをお互いギャーギャー話しながら相部屋で眠りました。

(一部の警察官のかたがたが問題がありますが、
  しっかり働いている警察官のかたももちろんいると思います。)

 

4週間ぐらい前に、自分の住む町に戻ってきて、
 そして家の中のドアが壊されてて

 お金が盗まれてしまっていました。

 (犯人は強盗泥棒対策で、家に住んでもらっていた女性の

 13歳の息子さん・・・。)

 

あとショックだったのは、
 私の家のすぐ隣に住むご家族が引っ越してしまっていました。

 

去年、うちの近所の井戸を使っていた

数人のご近所さんたちがコレラ

(すぐに処置しないと24時間以内に亡くなってしまうこともある感染症)に

集団でかかっていて、

このお隣の奥さんもかかってしまって、
 病院の横に緊急で設置された隔離テントで
 1か月ほど治療を受けていました。。

 

 それにすぐ近くに住む彼女のご家族や親戚のかたがたが
 次々に亡くなってしまっていて。

 

「このままでは一族全滅しちゃう。

 この場所にいると誰かに呪われて、
 またきっと誰かが死んじゃうから

 もうここには住めない。」

 

 と言い残し、周辺に住んでいたご家族みんなで 

 別の地区に引っ越してしまっていました。

 

 もし私の家に強盗がきても

 叫べばきっと気づいてもらえるぐらいすぐそばに住んでいて、

 すぐ助けにきてくれるであろう唯一のご近所さんだったため

 とても悲しいです。

(反対側にもご近所さんはいるのですが、

高い塀があってその塀の向こうは畑で
 その奥に家なので実際少し遠く叫んでも声聞こえない。)

 

 

 あと、帰ってきたその初日に、

 夜中2時過ぎにに家に誰かに

、ずっと石を投げられていて、

 

 「窓ガラスが割れてしまったらどうしよう、

 ついに強盗が家に来るかもしれない」 と思って

 
 「もしや泥棒たちが家にだれかいるのかチェックしているのかも。

 家が無人じゃないことをわからせるために、

 テレビの音を出すべきかな。 あっでも家にテレビがあるってばれちゃうから
 テレビ盗みたくて余計入ってくるかも。。」

と一人でもんもんと思い、

 

 どこに隠れるべきか、

 誰かに電話するべきか、警察の人呼ぶのは怖いし、

 それともベットの下に隠してあるカタナを持って防衛するべきか。

 

 結局強盗が家に入ってくることはなかったのですが、

 不安で朝まで一睡もできずにいました。

 

 別の日の夜中に、

 家のそばで女の人が叫び声と何かを引きずる音が聞こえてきて、

 誰かに女の人が引きづられているのか、

 女の人が泣き叫びながら何かを引きづっているのか、 

 助けを求めているのかどうなのか、

 でも家から出るのは怖いし、

 

逆にそれが強盗たちの作戦で
 助けるために自分が家を出たところで

襲われてしまったという話を思い出し。。。。

どうすることもできず怖かったです。

 

 

日本から平和な気持ちで戻ってきて、

すぐにこれで心が乱れましたが、

 

自分が盗まれたり、石投げられたりするほうでよかった、

盗んだり、人の家に石を投げたりするほうではない教育を受けて

これてよかったと思いました。

 

この町、信号は町に一つできましたが、
 そんなに大きくない町なのに、

 

毎週、ひどいときは数日おきに

あまりにも人が道端で殺されることが続いたため、

ついに別の州からの軍警察みたいな人たちが配備され、
(30人から40人と聞きました。)

9時以降、町なかを見回りを始めてくれるようになりました。

 

拳銃、ライフル、棒を持ち、ヘルメットをかぶり完全武装で、

9時以降に道を歩いている人は

容赦ななく棒?のようなものでぼこぼこに殴っていて、
(夜間の学校で教える学校帰りの教師の知り合いや、
別の村へ行って乗り合いワゴンで夜遅く帰ってきてしまった知り合いも
捕まり、その場に伏せろ!と言われぼこぼこに殴られ、
普通に歩けるようになるまで2週間以上かかったと言っていました。
勉強小屋の地区の権力者である土地のリーダーで
 すらぼこぼこにされてしまっていました・・。)

 

 

夜間に緊急で病院に向かっている人たちですら

疑って殴ったりしていて、

でもさすがにそれは訂正されて、

 

しっかり身分証明書提示、荷物検査を受けどこに行きたいかを言えば

9時過ぎでも殴られずに済むようになったみたいです。

 

その効果は絶大で、ここ数週間、誰かが道端で

殺されていたって聞かないです。

本当に本当に本当によかったです。

 

ただ、うちのまわりのご近所さんで残ったのは、

数年前に自分の弟さんを殺した男性、

泥棒を繰り返している男性の家です。

(家の前ですれ違うと普通に挨拶をしてくれますが。。。)

 

歩いて2分ぐらいの家にも、

トタン屋根をはがして夜泥棒が入ってきたり、

 

友達の家は、番犬の犬自体が盗まれたり、

家に強盗がきてテレビやコンピューター、携帯が盗まれたりは

まだ続いているので、

やっぱり油断はできませんが、それでもこの町で殺される人が

減ってとても嬉しいです。

 

写真

 

洗濯する女の子




栗山さやか * 日々の暮らし * 11:34 * comments(8) * trackbacks(0) * - -

2015年も残り1か月



日本に一時帰国してからも
慌ただしく時間が過ぎています。

時間は何をしていても
あっという間に過ぎていってしまいますね。

大切に過ごさなければと思っています。


日本に戻ってくることができて
やっぱり感動してしまうのは、
やっぱり安全で夜も一人で歩けること、
これが一番です。

そのつぎに
食べ物の種類が多いこと、
ものすごいまでのお店、商品の種類、
(首都のマプトは、かなり都会で色々なものが
手に入ります。)

水も電気も止まらずに24時間使えて、
料理をするコンロ、
電子レンジ、洗濯機、などの電化製品のすばらしさ、
ウォシュレット(まだ勇気がなくて使えず。。)
便利であること、
店員さんたちがしっかりしていて優しいこと、
などなどきりがないです。

1年前に9年ぶりに日本に一時帰国したときは、
東京から静岡までの東名バスや実家のまわりの車での移動、
どこもかしこもコンクリートで
あまりにもスーと
氷の上を走っているかのように走るため
アフリカのぼこぼこ道でのバスとかでの移動になれて
しまっていたためか、ちょっとの移動でも
車に酔ってしまって、すごく気持ち悪くなってしまって
吐いてしまったりしてたのですが
今回は少し頭くらくらするなぁぐらいで体が
また日本のきれいな道路に慣れてきたようです。



30日の夜のチャリティーパーティに
ご出席をしてくださるかた
本当にありがとうございます。

お会いできるのを楽しみにしています。


写真。

畑で働く協会の女性の頭。
道端にマッチ棒が偶然落ちていて喜んで髪の毛の間に保管していました。
(こっちでは料理をするときなどに必要な火はマッチ代がもったいないので
近所で火を使っている家を探して火をもらいにいく)


写真2
協会の子供たちの泥の壁に飾ってあった
ゴミ捨て場から拾ってきたらしいポスター。

大切な家具って見せてくれました。

モザンビークではないならないなりに
みんな知恵を絞って物を大切にするところ、
素晴らしいなぁと思います。






栗山さやか * 日々の暮らし * 21:16 * comments(5) * trackbacks(0) * - -

日本に戻ってきています。



日本に戻ってきています。

やはり住んでいるモザンビーク北部の町では、いつも
びくびくしながら暮らしていたので、
安心がある日本にまた戻って来れて
自分はなんて幸せものだろうと思っています。

モザンビークの町を出てくる数日前に
協会の勉強小屋のすぐ近くの路上マーケットで見張りをしていた男の人が、
強盗に殺されていて、体中暴行を受けた遺体が朝、見つかっていました。
警察は呼んだらしいのですが、やはり警察がきてくれるには
時間がかかるので、それまで遺体が道端に放置されていて。。


どうかみんなが無事でありますようにと思います。

協会の子供たちの写真。



1枚目。 お祝いの会のときの写真

ご支援いつもありがとうございます。








栗山さやか * 日々の暮らし * 23:44 * comments(8) * trackbacks(0) * - -

町の発展



協会の勉強小屋にある地区の小学校兼中学校の
電気配線などが盗まれてしまって電気がつかないため、

夜間の中学校がしばらく閉校しています。

 この州にやっと設置された信号機第一号!も
すぐに配線が盗まれて使えずにいました。
 

私の家の前の小道は薄暗いので、
人が襲われてしまったりカタナを持った人たちが
隠れていたりが続いたので、
小道が少しでも明るくなるように、
大きめの電球を小道を照らせるように設置して、
ご近所の人たちもとても喜んでいたのですが、

23日後には誰かに盗まれてしまって・・。
別の対策を考えています。

 うちの回りに作ったレンガの塀、
またレンガ一つだけ外されていて、
外からのぞけるようになってて急いで
セメントたっぷりのレンガで塞ぎました。

 勉強小屋の地区で夜に産気づいた女性が、
バイクに乗せてもらって病院に行く途中にカタナで襲われて、
なんとか病院にたどり着いて、
肩から腕の大けがに耐えながら無事に出産をしましたが、
カタナで切り付けられた深い傷のため入院しています。

 協会の女性の息子さんも、
離れたブッシュに火をくべるための薪を探しにいってそのまま帰って来ず、
心配してみんなで探したところ、
ブッシュの中で石かなにかで誰かに撲殺されて
バナナの葉っぱを遺体の上に乗せて隠された状態で見つかりました。


 性器にひどい損傷を受けたレイプ殺人も続けて起こり、
この町だけで先週の
3日間の間で3つの殺人があったり。
そこまで大きくない町なのに。
 

殺されるまではいかなくても、
ほぼ毎晩のようにこの町のどこどこで、
誰々が強奪された、襲われてしまったと聞きます。

 学校の教室の数が足りないために、
中学生は夜間の授業になってしまう地区もあるのですが、
みんな
3人以上、人数が多ければ多いほど襲われずにすむので
毎晩集団で中学校、高校に通っています。

レイプもそうですが、
もので狙われるものは現金、携帯電話、バイク、自転車が主だと思います。 

 バイクはとても狙われるので、協会の地区から自分の家に帰る場合は、
「夕方
4時までには家に帰ってないと危ないよ」と言われます。
実際は、日が沈むぐらいまでは大丈夫だと思って夕方
6時前までには
家に着くようにしています。

 夜自分のベットの回りに置いているもの、
カタナもそうですが、停電でも大活躍のヘッドライト、
防犯スプレー、バイクのヘルメット(かぶって頭を守るため)、
少しでも音を出して近所の人に気づいてもらえるように、
ホイッスル、日本で買った拡声器、などを常備しています。

でも本当に入られたらきっと音を出したり、
反抗するともっと危険になってしまうとは思うのでとりあえずの気休めのためだと思います。

  

朝が来て窓の外が明るくなるときに目を覚ますとほっとして、
犬たちの無事をチェックして、
勉強小屋のルーシアさんに確認ついでに電話して、
無事にいつもの朝が来たことにあぁ良かったと毎朝思います。

やっぱりおびえて暮らす毎日ではなくて、
安心がある場所での暮らしが大切だと思いました。

 現地のみんなは、
「強盗や殺人がない場所なんてこの世に存在しないでしょう。
強盗たちはそれが彼たちの仕事でそれで生計を立てているのだから。」と言います。

「毎晩、神に祈ることを忘れなければきっと神のご加護があるからね。」
とお祈りの仕方も教えてくれます。

 町の発展とともにもっと安全になればと思います。

でも日本から戻ってきてからのこの7か月間
以前のように襲われることもなく無事に過ごしているので
そんなに危険じゃなくなっているのかもしれません。

でも念には念を気を付けたいです。

うちの犬。
怪しい物音に即座に吠えてくれます。
お座りお手できます。


栗山さやか * 日々の暮らし * 20:58 * comments(4) * trackbacks(0) * - -
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