先生の言葉

 

子供たちへの授業が終わったあとの夕暮れ、

働いてくれている先生たちから色々な報告を受けていました。

 

もう何年もアシャンテママで働いていて、

ご寄付を下さる日本の皆様のおかげで

まだ活動を続けさせていただくことができていることを

よく知っているアイーデ先生が、

 

「今食料が一番不足している時期で、

昨日も今日もほとんど食べ物を口にしていない子たちもいます。

ここでのお昼ごはんのときに、

子供達がとても嬉しそうに

ご飯を食べている姿を見るたびに、

ご寄付を下さる皆様に会ったことがないけど、

とてもありがたいです。

空腹の辛さはとてもよくわかるから。。」と。

 

 

前に、先進国に住むある人が、

 

「世界のどっかに、

いつもお腹を空かせている子供達とかがいるって

わかっていても、

コンビニにちょっと行っただけで、もうそのことは忘れちゃうよ。

やっぱり自分の生活で忙しいから。」と。

 

 

そんな中、

小さな活動をしているアシャンテママの存在を思い出して

ご寄付をしてくださる人たちがいらっしゃるということが

本当にありがたいです。

 

深く深く感謝致します。

 

 

写真 モザンビーク北部の町のはずれ

2つ目の教室の子供達。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

現地に到着しております。


おかげさまで、

無事にモザンビークに戻ることができました。

約3カ月滞在する予定です。


アシャンテママで働いてるルーシアさん

数週間前から体調を崩し、

1週間布団に寝たきりで、ほぼ立ち上がることも、

しゃべることもできなくなってしまったと聞いて、

とてもとても心配していました。


病院には2回連れて行っても、

普通の診察をうけてマラリアかどうかの

検査をしただけ、と聞いていたので、

急いでHIV専用の外来に行くように伝え、

そしてやはり、抗エイズ薬の投薬が始まりました。


完治する薬など別の薬ができるまで、

1日も飲み忘れずに、これから生涯付き合っていく薬です。

投薬開始直後は、副作用が強くでてしまっていたようですが、

今は徐々に元気になり一安心しています。

 

アシャンテママで働いているスタッフの何人かも

この薬を飲んで元気に働いています。


栄養のある食べ物を食べて、

どうかどうか変わらず元気に

日々を過ごしてくれたらと思います。

 

また現地での活動の様子

少しずつになってしまうかもしれませんが、

ご報告させてください。

 

コメントも遅くなってしまうかもしれませんが

お返事書かせてください。

ありがとうございます。

 

 

写真:ルーシアさん

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

フィロメーナさんから嬉しい連絡

 

 

モザンビークのアシャンテママで

働いてくれているフィロメーナさんから

「お願いしたいことがあります。」と連絡がありました。

 

お願いは、お給料の前借でした。

理由はなんと息子さんが教師養成学校に合格したとのことでした!

 

 

フィロメーナさんは、

以前、旦那さんと二人で畑を耕し、6人のお子さんがいました。

ただ一番最初のお子さんは、6歳の時に原因不明のまま

亡くなっていってしまったそうです。

 

旦那さんは、

「自分は学校に貧しくて通えなかったけど、

子供達には教育を受けさせてあげたい」と

一生懸命畑で働いて子供達を全員学校に通わせていたそうです。

 

ある日、旦那さんも原因不明の病気で

亡くなってしまいました。

 

残された家族みんなで、

どんなに畑を耕しても、収穫時になると

盗まれてしまうことが続き。

 

5人の子供達と

満足に食べるものもなく困っていた時に、

アシャンテママの女性たちの勉強会があると聞いて

生徒として通い始めました。

 

それから、フィロメーナさんがアシャンテママの畑で働き、

5人の子供達を一人で育てていました。

 

子供達も小さな頃から、

遠くまで薪や、わらを集めにいって

頭に乗せて一時間以上もかけて運び、

路上で売ってわずかなお金でも

家計をいつも助けていました。

 

旦那さんが亡くなってしまったとき、

一番上の子は中学2年生で、

中学生になると制服代も高いし、必要なノートの数、

体操着などその他の費用も増えます。

 

制服代が払えない場合、学費が払えない場合は、

アシャンテママで援助をしたり、

子供達も一緒にアシャンテママの畑を耕して

手伝ってくれていました。

 

この男の子が、今回教師養成学校に合格したとのこと。

それで、入学時に必要な制服代、学用品、

手続きにかかる費用などのために

お給料の前借をさせてくださいとのことでした。

 

4人の子供たちは

アシャンテママに通っていますが、

この男の子は、初めて会ったとき、もう中学生だったので

アシャンテママの教室には通っていなかったのですが、

学校の転校手続きがうまくいかず、

学校に通うことができなくなってしまい、

私も7年前ぐらいに学校に一緒に付き添ったことを

思い出しました。

 

フィロメーナさんが、

 

「アシャンテママが何年も支援してくれたから

無事に高校を卒業することができて、

今回学校にも合格することができて。」

 

今回合格した時に、一斉に親せきや近所の人から

賄賂も渡さずに貧しい家庭の子が

合格できたなんて信じられないといわれてしまったそうですが。

 

フィロメーナさん自身は、貧しさなどの理由で

子供の頃、小学校中退してしまっていましたが、

とてもまじめな女性で、今では、

アシャンテママの銀行関係や、入出金のお金の管理

事務所の管理をしてくれています。

 

しっかりしたまじめな女性で、

知り合って8年になりますが、

とても信頼している女性です。

 

そんなお母さんの姿をずっと見ていたからこの男の子も

勉強をとても頑張ったんだろうなぁと思いました。

 

「アシャンテママのおかげで

残された5人の子供達も無事に育って、

本当にありがたいです。もしアシャンテママが無かったら

今頃どうなっていたかわからないです。」

 

フィロメーナさんがよく言ってくれる言葉です。

 

 

皆様のご支援心から感謝申し上げます。

 

 

 

写真:とても嬉しそうなフィロメーナさんです。

(手に持っているのはアシャンテママの出納管理表です)

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

9年前の2月にアシャンテママの教室を始めました。

 

9年前の2月にアシャンテママの教室を始めました。

 

9年経った今は、

マラウィの子供達も含めると、

1箇所の教室で35人の子供たちの人数が、

3つの教室で今は564名になり。

 

強風大雨ですぐ吹き飛ばされてしまっていた

わら小屋だった最初の教室は、

温かいご支援のおかげで、

レンガの教室を作らせていただくことができました。

 

 

日本に戻っていた時、数人の方から、

「こういった活動は、

継続することがとても難しいと聞いたことがありますが

運営費が底をついてしまうことは無かったのですか?」

と聞かれました。

 

 

アシャンテママは、

日本で自分で働いて貯めた貯金の残りと

あとブログを携帯配信してその配信料いただいて、

そのお金で始めた活動でした。

 

いつまで続けるとか、将来のことまで

考えずに始めてしまった活動でした。

 

 

「あぁ。あと数か月後には

もう運営費が無くなってしまう、どうしよう、、

無責任なことをしてしまったんじゃないか」と

夜、活動が終わって一人で布団に入って、

眠れなくなるぐらい落ち込んでいた時期がありました。

 

そんな時、日本でずっと働いていた、

今は亡くなってしまったオランダ人の友人や

お散歩会の皆様がチャリティーの集まりを開いて

寄付を募ってくださったり。

 

それからしばらくして、

岩波ジュニア書店さんで出させていただいた本の原稿料、

地元の応援会の皆様、

池高(母校)同窓会の皆様、

募金箱をおいてくださった地元のお店の皆様、

社会貢献者賞、ソロプチミスト賞をいただけたり、

ブログや本を読んでくださった皆様に

支えられて続けてこれた活動です。

 

活動費に関してのお返事に対して、

 

「ありがたいことに、

いつも何とか皆様に支えられて

続けてることが今もできています。」

 

とお返事すると、

 

その一人のかたは以前中国に住まれていた方で、

 

「中国でも、キリスト教の方々が

現地の子供達をサポートしている施設があるのだけど、

いつももうお金が尽きてしまうってなると、必ずその時に

必要な金額が寄付されたりしているとおっしゃっていたよ。

神様がいるのかもしれないし、

本当に必要な人達には助けが少しでもいくように

そういう風にできているのかもしれないね。

ありがたいね。」

というようなことをおっしゃってくださって。。

 

 

「皆様の大切なお金をいただいて

続けさせていただく価値のある活動なのか。。。」

と自問自答を続けてきた9年間でした。

 

今は自分が現地に住めなくなってしまい、

それでも活動を続けさせていただいて、

いつもありがたい気持ちでいっぱいでおります。

 

深く深く感謝申し上げます。

 

写真

 

教室に休まずに通った子たちに

蚊帳を渡しています。

 

予防接種もなく、感染率の高い

マラリアの予防には

蚊帳の使用はとても大切です。

ご支援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | お礼 | comments(4)

シーチキンの缶

 

 

ときどき食べるシーチキン。

 

溢れるように食べ物が売られている

スーパーなんかで今もシーチキンの缶を見かけたり、

買って食べるたびに、

モザンビークでは、シーチキンは高価だったため、

週に1回の楽しみのおかずだった頃の生活を思い出します。

 

 

最近2回短期アパートに引っ越しを繰り返し、

(まだ最終的にアパートが決まっていず。。)

一日中育児、夜泣き寝不足、アトピーもひどくなり、

新しい土地での生活、アパート探し、

モザンビーク、マラウィのスタッフとのやりとり、

現地へ行く準備、

なんだか少しアワアワしてしまっていましたが、

 

現地のみんなに比べたら

安全な場所に住めて、ご飯は食べれるし、

どんなに狭いアパートでも

最低限必要なものは全部持っていて。

 

 

先日、 モザンビークの現地のスタッフの

ミーティングで私も電話で参加して話をしていました。

 

ミーティングが終わってから、

元々アシャンテママの畑で働いていた女性たちで

今は教室で水汲みや赤ちゃんの子守りをして

働いていてくれる女性たちから

借金の申し込みがありました。

 

今の時期は、路上のマーケットで売られている野菜、主食の

トウモロコシの粉も含め、

食べ物の値段が全体的にとても上がり、厳しい時期です。

 

来月末になれば、きゅうりや、かぼちゃが収穫の時期になり

路上のマーケットに売られるようになるので、

なんとかお腹を満たせると話していました。

 

お芋もそろそろ売られる時期と話していて、

 

「お芋の収穫の時期は

まだ先なんじゃないかな。」と聞くと、

 

みんな食べ物がなくて、

お腹が空いて、まだ収穫時期には早くて、

お芋まだ小さいってわかっているけど、

土から掘り起こして食べちゃったり、

子供の新学期が始まる時期なので、ノート代が必要で、

小さくても売るために掘り起こしちゃうって話をしていて。。

 

それにお芋が大きくなる収穫の時期までしっかり待ってしまうと

その前に泥棒たちに掘り起こされて盗まれてしまうこともあり。

 

逆に泥棒達も収穫の時期より先にみんなが掘り起こしてしまう

ことを知っていてさらにもっと早い時期に

お芋もまだとても小さいのに、

掘り起こして盗んでいってしまったり。

 

一生懸命毎日畑を耕しても

あっさり盗まれて行ってしまうことが当たり前のことのように起こる日常。

 

 

もうすぐ現地へ戻る予定ですが、

今回は2か月以上滞在できればと思っております。

 

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

写真 アシャンテママ教室のマラウィの子供達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

アレルヤ

 

以前ブログに書いたアレルヤ。

 

 アレルヤの体調

 

ずっとこの数か月、病院へ入退院を繰り返していて、

彼女のお母さんは、

悲しくなるぐらい痩せ細り、

歩けなくなってしまった彼女を背中におぶって、

泥道を歩き、教会へ通って祈りを捧げていたと聞きました。

 

先日、アレルヤの具合がとても悪いから

車を使って病院に運びますとルーシアさんから

連絡がありました。

 

ですが病院について翌日には亡くなってしまったと。。

 

ショックを受けていると、

彼女のお母さんが、どうか二千円、貸してほしいと。

 

アレルヤを包む白い布代のためでした。

 

ここでも棺桶はものすごく高価なもので貧しい人は買えないので、

白い布でご遺体を包んだり、ゴザで包んだりして

土葬します。

 

 

闘病を頑張っていたアレルヤ、

亡くなってしまう数日前に

ルーシアさんがバナナとお米を持って訪ねたときに、

「何か他に食べたいものある」って尋ねると、

 

「これで十分です。ありがとう。。」と言って

その場でゴザの上で横になりながら、

バナナをゆっくり食べていたと。。

 

 

アレルヤが今は天国でゆっくり休めていますように。

 

 

エチオピアの施設でボランティアしていた時と変わらず、

12年が経った今も、子供たちが亡くなっていってしまうたびに、

いつも何かもっとできたんじゃないかと

考えてしまうことを繰り返しています。。

 

 

写真:一番前のピンクの服を着た女の子がアレルヤです。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

マラウィのアシャンテママの子供達

 

モザンビークもマラウィも

今は雨がたくさん降る雨期の時期です。

 

雨期の時期に入り始める頃の毎年12月ごろに、

みんな来年の5、6月ぐらいに

収穫できる主食のしまの素となる

白いとうもろこしの種を植えるために

一生懸命家族総出で畑を耕します。

 

3歳ぐらいの子たちも

薪集めをしたり、

小さなくわを使って家族と一緒に耕す練習?を始めていたり

小さめのバケツに水をいれて頭の上にのせて上手に運んだり。

 

 

収穫の時期が来るまでの

今のこの時期から4月ぐらいまでが

1年で一番食べ物に困ってしまう時期だと思います。

 

マラウィでもアシャンテママの教室に通っている

遺児や病気、障害を抱えて生きる子供達、

空腹で過ごす時間が多いので

アシャンテママの教室でお昼ご飯を食べられること

みんなとても喜んでくれています。

 

 

暖かいご支援、いつも心から感謝致しております。

 

 

写真

みんなの大好きなお米と卵のお昼ごはんと飴玉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | マラウィでの活動 | comments(0)

強盗に入られないためのドア

 

先日、ルーシアさんが近所の路上マーケットに行ったときに

知り合いの10歳ぐらいの女の子をみかけたとき、

女の子の顔がひどく腫れてしまっていて。

 

どうしたのか尋ねてみると、

夜中に強盗がやってきて、家族みんなで暴行を受けたと。

 

強盗たちは、斧でドアを壊してはいってきたようで、

銀行からおろしてきたお金を出すように要求したそうです。

 

その日の昼間、確かに家族の一人が

町中にある銀行からお金をおろしていて。

 

昼間、銀行から後をつけられて、

夜中になるのを待って入ってきたようでした。

 

強盗たちは銃も持っていて、

命乞いをして、命だけは助けてもらったそうですが、

ひどい暴行を受け、家族の何人かは病院に入院していて。

 

この10歳の女の子ですら一緒に暴行をうけてしまって。

 

恐ろしい思いをした、

ご家族みなさんが早く完治しますようにと

思っています。

 

 

アシャンテママのお金の管理をしてくれている

ルーシアさんたちも、

どうか危険な目に合ってしまわないようにと

いつも願っています。


 

写真は、

アシャンテママの教室の敷地内に住んでくれている

ルーシアさん、ルーシアさんの親戚の子供達が

眠る部屋です。

 

ドアを斧で壊されてしまわないように、

鉄格子をつけさせていただきました。

 

これがあるだけでだいぶ

安心するといっていました。

 

来月現地に行くとき、頑丈なタイプの南京錠を

こっちで買って持っていきたいと思います。

現地に着いたら、

安全対策の強化ももっとしっかりしていきたいです。

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

お正月にお米を渡したときの動画と写真

 

お正月、

みんなの大好きでみんなにとってはとても高価な食べ物のお米、

一人3コップずつ渡させていただきました。

 

みんなとてもとても喜んでいたそうです。

 

雨期に入ったこの時期は、

家族に連れられて町を離れ、

遠く離れた村やブッシュの中で

畑を毎日耕して生活をしている子供達が多いです。

 

その子たちには、町に戻ってきたら

渡させていただきます。

 

温かいご支援、心から深くお礼申し上げます。

 

 

※動画です。音がでるのでご注意ください。

 

 

 


 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(3)

2019年明けましておめでとうございます。

 

 

2019年 あけましておめでとうございます。

 

日本で過ごすお正月、紅白歌合戦、年越しお蕎麦、

除夜の鐘、初詣、おせち、お雑煮とかを想像して

幸せな気持ちになっています。

みなさまどうか穏やかな元日を過ごせていますように。。。

 

 

以前に、約9年ぶりに日本へ一時帰国したときは12月でした。

 

モザンビークは夏の暑い時期だったので、

冬服をあまり持って来ずに、日本に戻ったのですが、

実家に戻ると、私の中、高校の頃の服が

たんすに入ったままでした。

 

25年ぐらい前、中学校の頃はやっていた

シャカシャカズボンなどそのまま中学校の頃なんかの恰好で

実家で過ごしていました。

(渋谷の店員時代の服は派手派手すぎて

一体、なんでこんなの着ていたのかな。。と思い

着れませんでした。派手なハイビスカス柄とか。。)


実家には私が幼稚園の頃、給食に持って行っていた

私の名前が書かれたプラスチックコップ、給食袋、

うちの兄が小学校の家庭科で縫ったクッション、

母が小学校の頃に編んだマフラーもまだ使っていました。。

(55年以上前のマフラー)

 

「もったいなから捨てられない。。」と言う母の言葉、

日本に住んでいた頃は、あまり思わなかったと思いますが、

今は、とても分かります。。

 

私が中学でソフトボール部で着ていたユニフォームや、

中学・高校の頃のジャージ、

25年経ってもチャックも壊れていないし、

素材も立派ですごいなぁと思いました。

 

モザンビークに持って帰って、プレミオとして渡しました。

簡単には穴があきそうもない、しっかりした固い素材で、

すごく気に入ってくれて、受け取れた子供達、

毎日毎日着てくれています。

 

 

写真 私の中学、高校時代のジャージ、ユニフォームなどです。。

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(4)
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