今後も気を付けたいこと

 

 


モザンビークの別の州に数日いたときに

日中、町中の人ごみの中を歩いていたら、
知らない男の人に腕を突然つかまれて体が一瞬固まりました。

 

その時にちょうど前から女性警官のかたが歩いていました。

 

何回も腕を振り払うと、
その男の人は腕を離して、どこかに行ってくれました。

 

女性警官も少し離れた場所からその様子を見ていて、
そして私に向かって歩いてきてくれたので少しほっとしたら、

 

私を見て一言、

「身分証明!」と一言だけ怒鳴るように言いました。

 

急いで、外国人査証を見せると、
別の場所に連れていかれました。

 

私の腕をつかんでいた男の人については何も聞かれず、

私の査証を見て、
 

「この査証が発行された州はここの州ではなく、
あなたがその州から出て、この州にいるのは違法」と言いました。

 

「あなたはこの州に何日間滞在しているか」
「一体何の目的でこの州にいるのか、
誰と一緒なのか」と聞かれました。

 

国内情勢が不安なため、知らない間に法律が変わってしまったのかと思い
一気に不安になりました。

 

とっさに、
「現地の友人に連絡をしてもいいでしょうか」とお願いすると
ぶっきらぼうに私を睨みながら

「行ってよし。」と一言、言われ解放されました。

 

後から思うと大したことではないのですが、
その時はなんだかとても怖く思いました。

 

そのことをモザンビークで法律に詳しい友人に話すと、
「外国人だからと言って、許可なしに別の州に行くことは違法じゃないよ。
でも色々と気を付けてね。」と。

 

先月、協会の勉強小屋の近くに住む家族の男性も、
夜に別の村から町に戻ってくるときに、警察の検問所で
何かしらで警察官と揉めてしまい、

車に乗っていた全員が撃たれてしまったと聞きました。
(この件はしっかり裁判にかけられるようです。)

 

貧しい人々は、盗みなどの揉め事などの際は
土地のリーダーへ相談に行く人々が多いです。

 

でもこの間、

無事に人さらいにあった女の子が戻って来れたとき、
警察が探す捜査などはしてくれなくても、
売られていた女の子が村で見つかったときに、
しっかり対応してくださったから女の子も戻って来れました。

 

犯罪がとても多い国では、

警察のかたが、時に厳しい対応をするのは
仕方がないことなのかもしれないと思いました。


今後とも落ち度がないように気を付けていきたいです。

 

栗山さやか * 日々の暮らし * 17:15 * comments(8) * trackbacks(0) * - -

何気ない言葉

 

 

数年前までモザンビークに住んでいたインド人の友人がいました。

 

 

彼はインドの裕福な家庭出身で

インドの資源会社(宝石、石炭など)で働いていて、

その関係でモザンビークに数年間住んでいました。

 

 

彼はいつも四駆の大きな車に乗り、現地のスタッフを連れて、

ブッシュの中によく資源調査のために行っていました。

 

 

その時にモザンビークの貧しい村の人たちの生活を

よく眺めていたようでいつも驚いていました。

今はインドに戻り、大きな都市にあるオフィスで働いています。

 

                                                                                                                                 

彼が

 

「ねぇ、僕たちって変な世界に生きていると思わない?

多くの貧しい子供たちは、

食べ物や水を得るためにやせ細った体で何キロも日々歩いていて、

多くのお金持ちの人たちは、食べ過ぎてしまって

ダイエットのために何キロも歩いたり。

変な世界だね。」 と。

 

 

深い意味もなくただ何気なく言った一言だったんだと思いますが、

なんだか少し心に残る言葉でした。

 

 

 

写真 モザンビークの夕焼け

 

 

 

栗山さやか * 色々な国の人々 * 16:26 * comments(5) * trackbacks(0) * - -

ノートの心配

 

 

マラウィ側にいながらも、
モザンビークの協会で働いてくれている
ルーシアさんたちと頻繁に連絡を取っています。


ルーシアさんが、

「今年もまた子供たちが協会の畑で働いてもいい?って
聞いてきているけどどうしたらいいかな」
と尋ねてきました。


モザンビークは毎年今の時期(1月下旬)が
新学期が始まる時期です。


新学期に学校でも必要なノートを
子供たちみんなとても心配していて
畑で働きたいと毎年この時期に聞いてきます。

 

ノートや鉛筆がどうしても手に入らなくて
学校に通うのを諦めてしまう子供たちもいます。

 

毎月休まず勉強小屋に通った子には、
プレミオでノートや鉛筆、棒石鹸、お米一コップなどを
支給させていただいています。


ただ学年が上がるにつれて、科目数も増え
必要なノートの数も多くなります。

 

今はモザンビークは情勢が不安定なことに加え、
経済悪化でほぼすべての物価が2倍以上になってしまい
ますます苦しい状況です。

 

ノートも鉛筆もモザンビークの現地のお金では、

2倍の値段になってしまいました。

 

両親、あるいは片親を亡くした子供たち、
父親を知らずに育った貧しい子供たちが
安心して勉強できるように
畑である程度お手伝いしてもらったら
今年もノートを数冊それぞれの学年に必要な分だけ
援助させていただけたらと思います。


6歳や7歳の子達も、協会の勉強小屋の授業が始まる前に
早くきてお掃除やゴミ捨てなどを手伝ったり、

ミニテストでいい点数とったら、
スタンプカードにはスタンプを押して
いくつスタンプがたまったら、
ノート一冊や、鉛筆一本プレゼント!など
ともさせていただいています。

 

朝7時半においでと言っても
家に時計のない子供たちは、
時間がわからず、

みんな張り切り過ぎてひどいときは

夜が明けたばかりの薄暗い朝5時過ぎに

(危険だからそんなに早く来ちゃダメだよと伝えます。)

 

遅くても朝6時過ぎにはもう勉強小屋に来て、
掃除を楽しみながらみんなで協力してやってくれています。


 

なまけものだった自分の子供時代と比べると
こういったところでも、
みんなすごいなぁと感心してしまいます。

 

 

写真

 

支給してもらったノートは、

バックを持っていない子達は、

手に入ったお砂糖の空袋や、

何かのビニールに入れて

雨期のこの時期、塗れてしまわないように大切にしています。

 

1、2枚目 子供たちとノート

   3枚目 子供たちとスタンプカード

 



栗山さやか * モザンビークの協会の女性たち。子どもたち。 * 23:11 * comments(11) * trackbacks(0) * - -

大反省

 

 


数日前に大反省することがありました。


日本のかたからご質問たくさんをいただけたのですが、
もうなんであんなことばかり言ってしまったんだろうと
数日間とても落ち込みました。

 

きれいななめらかな日本語を話そう、

尊敬語、謙譲語など間違えてはいけないなど
様々なことが頭をぐるぐる回りはじめてしまいました。

 

緊張していたこともあったことに加え、
昔の辛かった時期のことについて話をしていて、
最近、道端で警察官に捕まってしまったこともあって、
だんだん発言がネガティブなことばかりなってしまい
自分でも一体何が言いたいのかわからなくなり・・。

せっかく日本のかたがたとお話しさせていただく
機会をいただけたのに。。

 

もっとモザンビークで経験させてもらった素晴らしいこと、
何年も前から一生懸命働いてくれているルーシアさんたちのこと、
医療学校で出会ったすばらしい先生たちのこと、を話すべきだったのに・・。


緊張していて何を自分で言いたいのか、
言っているのかよくわかりませんでした。

自分の未熟さがはっきりわかって
悲しくなり、ご質問してくださった方に対して
なんて失礼だったんだろうと自分自身に失望しました。


ですが、
《失敗したあと、その後どうするかが大切》と聞き、

これからは、必ず同じ間違いは繰り返さないよう、
いつでももっと相手の立場に立って考えられるようにと思います。


今年は嫌なこと悲しいいことがあってもそこから学んで、
良かったことをいつまでも覚えているようにしたいです。


1か月以上風邪が長引いていて
ぐずぐず体調が悪かったのですがやっとやっと完治しました。


皆様もこれから寒さがますます厳しくなると思いますが、
どうかお気を付けくださいね。

 

お正月のんびり、ごろごろできていますように。。

 

 

 

 

 

栗山さやか * 協会(アシャンテママ) * 16:19 * comments(11) * trackbacks(0) * - -

スイスに住んでいる女性

 


以前、モザンビークの首都ににいたときに
泊まっていた安宿で
スイスに住んでいるという女性と一緒になりました。

 

ビーチサンダルが壊れちゃったから
新しいのを道端で売っている子から買ったと
話していました。

 

「300円だと言われたんだけど、
でもその男の子、ボロボロの服着ていて
しっかり接客してくれて、
お釣りはいらないって700円払ったの。」

 

私と一緒に話を聞いてた欧米系のバックパッカーの人が

 

「えーそんなことしたら外国人はいいカモだと思われて、
次から外国人みたらその値段で売り始めるかもよー。」って言いました。

 

その女性は、

「しっかり接客してくれたし、チップみたいなものかな。

それに、それもしょうがないんじゃないかなって
言うぐらい所得の差があるよね。

 

私は、休みをとって飛行機に乗って別の大陸の国に行ける、

この子は、ボロボロの服を来て
道端で大切そうに数足のサンダルだけ並べて売っている。

 

私、スイスにずっと住んでいて、
仕事にもつけて何カ月か節約をすれば
旅行も行けるようになったの。

 

でももともと私も私の家族も

トルコで政府に虐げられた民族出身、
宗教を信仰していて、小さいころに難民として
スイスに受け入れてもらえて今があるの。

 

自分たちも困ったときにとても助けられたから、
だからどこかで誰かが少しでも普段より
いい食べ物、買えたらいいなぁと思って。
ただそれだけ。。」と教えてくれました。

 

私はそういうことについて
もんもんと考えてしまうことも時々ありましたが、
この話を聞いて単純になんだか心が温かくなりました。

 

 

 

写真 首都の道端

さとうきびジュース売りのかたと

手動絞り器

 

 

栗山さやか * 色々な国の人々 * 15:58 * comments(3) * trackbacks(0) * - -

2017年明けましておめでとうございます。

 

2017年明けましておめでとうございます。


遂に新しい年になりましたね。

 

今は日本はお雑煮がおいしい季節ですね。

 

マラウィは暑いクリスマス、お正月です。

 

ただ雨期に入ったので、もう気温もだいぶ下がり、
活動している村でも最高温度が35度ぐらいまで下がって
かなり過ごしやすいです。

 

2017年もみなさまにとって
幸多き、素晴らしい年となりますように。。。

 

 

協会の活動も、私自身もまだまだ
情けない部分が多いですが、
今年も活動を続けさせていただければと思います。

 

本年もどうかよろしくお願い致します。

 

 

 

写真。 モザンビークの勉強小屋1の子供たち。

 

栗山さやか * 協会(アシャンテママ) * 23:23 * comments(2) * trackbacks(0) * - -

マラウィの村で始めさせていただいた小さな活動

 


マラウィはとても小さな内陸国で、(北海道と九州を合わせたほどの大きさ)
かなり安全な国だと思います。

 

ですが、

食料不足、物価の上昇、貧困、HIVAIDS、マラリアなどの
感染症、干ばつの被害、

昔ながらの伝統的儀式がある地域(10代の女の子たちが儀式で大人の男性と性交をする)など

多くの問題を抱えています。

 

ブログにも少しずつ書かせていただいておりましたが、
色々と縁があった、貧しい電気もきていない奥地の村で
小さな活動を始めました。

 

この村は小さな6つの集落がまわりにあり、
それぞれ土地のリーダーがいて
両親あるいは片親を亡くしてしまった子供たちに援助を。

ぜひそういう活動をしてくれたらと土地も無料で提供してくださりました。

 

その活動に必要な、マラウィのNPO設立にあたっての
法律や情報などを徐々に調べ始めていて、
先日、無事にマラウィでNPO(チャリティ―組織)の

設立手続きが完了しました。

 

この活動をはじめた地域は
干ばつの被害がひどい地域(バラカ県)で、
暑い時期は気温が42度もあります。

 

42度など暑い地域で生活したことはありましたが、
今までの場所は、電気が通っている町で、

暑くても冷えた水やジュースが飲めたり
体を冷やすためにも

水浴びが1日に何回かできた場所でした。

 

そういったことがない、村での
砂ぼこりまるけの42度は、
かなりこたえました。

 

水も置いておくと
お湯のようなになってしまい。

せめて冷たい水が飲みたいと思ってしまったり。

 

外にテントで寝泊まりしましたが、
昼も夜も「暑い暑い」と頭の中でずっと回っていて
体力の消耗も激しく、
ネットも電話もほぼつながらず、

思ったように書類関係の仕事も進まず、
効率をよくするためにも今は町に暮らし、
村に通う形でしばらく活動をしています。

 

週に3日、マラウィのこの村でも勉強小屋を始め、
授業の後にみんなでコップ一杯のお茶と
ビスケットを食べます。

 

やぎもいずれみんなで育てられたらと思っています。

大きな活動ではないですが、
モザンビークの子供たちと同様、
厳しい環境で育つ
両親、片親を亡くしてしまった村の子供たちの可能性が
少しでも広がればと思っております。

 

こうしてまだ活動を続けていられるのも
皆様からの温かいご支援のおかげです。

 

2016年も、温かなご支援をいただき、

心からお礼申し上げます。

 

どうか皆様が今年1年の疲れを十分とられ
穏やかな年末年始を迎えていらっしゃいますように。。

 

 

写真

マラウィで始めた勉強小屋の様子

 

 

 

 

 


栗山さやか * マラウィでの活動 * 15:57 * comments(3) * trackbacks(0) * - -

マラウィ南部に戻りました。

 

モザンビークの私の住んでいる州での襲撃は最近おさまっています。

 

協会のある町は

かなり発展もしてきているし、

いつもの日常がありますが、

 

経済の悪化、急激な物価の上昇、
変わらず殺人を含めた犯罪の多さ、

この紛争に対しての
現地の人々の間で話されている怖い噂話、

 

個人で活動している身としては

不安に思う点は正直まだ多いです。

 

マラウィ南部側に生活拠点を移して数か月経ちます。


時々モザンビーク側に戻り(2か月に1度ほど)
あまり目立たないようにして
協会の活動をサポートしています。

 

私はいない間は、ルーシアさんをはじめ

みんながしっかり働いてくれています。

 

町自体は紛争の直接的な影響は全くなく、
町中にいれば全く平和です。

 

マラウィの国境から

この町までの陸路での移動も問題ないです。

 

しばらくまたモザンビークにいたのですが、
今はまたマラウィ側に戻りました。

 

少しずつブログにも書いていたのですが、
マラウィの南部の小さな貧しい村でも
両親あるいは片親を亡くしてしまった子供たちへの
教育サポートをする活動を始めました。

 

詳細をブログでご報告させていただけたらと思います。

 

 

写真

 

バケツを頭に乗せて運ぶ

練習中の協会の女の子。

 

栗山さやか * 日々の暮らし * 23:34 * comments(6) * trackbacks(0) * - -

帰ってきた女の子

 

 

時々ですが、人さらいのことをこの町でも聞きます。

 

家に突然知らない人がきて
「のどが渇いたから水を飲ませてください」と言われて、
家の中にある水がめに水を取りに家の中に入ったすきに
家の前で遊んでいた子供が連れ去られてしまったことを聞いたり。

 

町のマーケットで、荷物持ちをして働く子供たちがいるのですが
その子達が連れ去れてしまった話も聞きました。

 

数か月前には、協会の勉強小屋の子供たちが多く住む地区で
10歳ぐらいの男の子が連れ去られて
殺され、遺体を解体されて
体の一部が売られていたことがありました。
(黒魔術に使うため)

犯人は同じ地区に住む数人の男性でした。

 

お墓の中から遺体が掘り起こされてしまうことも
時々聞きます。

 

そして今回、協会に通っていた5歳の女の子が
人さらいにあってしまいました。

 

家の前で遊んでいたときに、知らない男の人が
連れて行ってしまったようです。

 

警察に連絡し、ですが警察が日本の警察のように
捜査に乗り出してくれることはここではほぼないため、

 

ラジオでこういう格好をした何歳ぐらいの女の子が
行方不明ですと放送してもらうことが家族ができる唯一のことです。

 

協会でビラを作って配ろうかと思いましたが、ビラ配布許可などの
政府機関への届も複雑で、不透明な手続きのため断念しました。

 

そして最後は、祈ろうとみんなで言い。。

私も毎晩寝る前、「どうか辛い思いをしていませんように、
どうか見つかりますように」と祈って眠っていました。

 

約2週間後なんとこの女の子が
離れた村で売られているのが見つかり無事に戻ってきました!

 

犯人の男性と一緒に60キロほどの
道のりを一緒に歩いてその村にたどり着いたようです。

 

良心のある村人が、魚や乾燥したトウモロコシと引き換えに
女の子を買ってくれたようで警察に連れて行ってくれたようです。

 

警察に、自分の名前と「私は勉強小屋で勉強している生徒です!」と
しっかり伝えたそうです。

 

この女の子は、3年ほど前に母親が病気で亡くなり、
2年ほど前に父親も畑でひどい暴行を受けて

殺されているのが見つかって
両親がいず、貧しいおばあさんに引き取られて
育てられている女の子でしたが
一生懸命休まず勉強小屋に通ってきていました。

 

無事に町に戻ってきて、病院で

処置を受け、協会の勉強小屋にもまた通いだし、

 

「私はしばらくお休みしちゃったけど
プレミオ(協会で渡している休まずに通った子への
お米一コップ分などのプレゼント)はしっかりもらえるのかなー」と心配していて。

 

今回のこと、それに両親が亡くなり、
辛いことが多かったように思う
これまでのこの子の5年の人生ですが、

 

どうかこれから先のこの子の
人生が幸せなことが続きますように。

 

そのサポートができる限り出来ればと

思っております。

 

 

写真

 

プレミオのひとつの棒石鹸

 

この棒石鹸で、服の洗濯も、お皿洗いも体も洗います。

 

棒石鹸ですら手に入らないときは、

代わりに灰を使います。

 

栗山さやか * モザンビークの協会の女性たち。子どもたち。 * 02:53 * comments(5) * trackbacks(0) * - -

同じ町での格差


今もモザンビーク中部のいくつかの地域は安全とは言えず、

まだ危険地帯は、政府軍に護衛されながら

全ての車が決まった時間に

一斉に連なって移動しています。

 

先月も、協会で一緒に働いてくれているスタッフの兄弟が、

その地帯をトラックで移動していたときに銃撃され

トラックが横転して、

隣に乗っていた友人と二人とも肩と足を撃たれ

トラックや荷物その場に放置して

身一つでなんとか逃げきれ戻ってきていました。

 

でもモザンビーク首都の大都会の中にいると

まるで平和な別の国にいるような感覚になりました。

 

高層ビルがたくさん建ち並び

ライトアップされたおしゃれなレストラン、

行き交うおしゃれな人々、渋滞だらけの道路、

東京にいるような感覚にすらなりました。

アジア系、欧米系、アラブ系、

外国人の人々の多さにも驚きます。

 

色々な問題(紛争、干ばつ、IMFの隠された莫大な借金)が

ありながらもどんどん発展している首都がある南部、

発展のペースが南部に比べてゆっくりな北部。

 

協会が活動している北部の州は、

発展が一番遅れていて、

「忘れられた州」「貧民の州」と言われています。

 

首都や他の栄えている州に住んでいる

モザンビーク人の友人たちにも

 

「そんなブッシュの中でよくも何年も住んでいられるね。」

と何年もずっと言われ続けています。

 

私の州の病院には、

キューバ人、北朝鮮の医師などの外国人医師が多いのも

 

「モザンビーク南部出身の医師たちは、

この州では働きたがらないから逆に外国人医師が

この州に派遣されられているんだよ。

本音を言うと僕たちも

首都やもう少し大きな都市で働きたかった」と

キューバ人の医師の方達が言っていました。

 

 

でもこの8年で、立派な地方都市と呼ばれるぐらいに

この町も徐々に発展してきています。

 

町の中心部には、エアコンがかかっている

大きな銀行がいくつかでき、

ATMもずらっと並んでいます。

 

町なかには信号が2つもできました。

 

そして犬のドックフードも売っている

大きなスーパーマーケット

(お客さんまだ少ないですが)も出来ました。

 

マラウィ南部の村と比べると立派な地方都市に感じます。

 

ただこの町の中でも、協会の勉強小屋周辺の人々と

この町の中心部に住む裕福な人々を比べると

何百年も別の時代を生きているのではと

いつも思ってしまいます。

 

この発展が、ただ貧富の格差を更に生み出すだけではなく、

貧しく厳しい環境で暮らす人々の生活にも

いい影響が出ればと思います。

 

 

栗山さやか * 日々の暮らし * 23:45 * comments(2) * trackbacks(0) * - -
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