25歳で亡くなってしまった地元の親友と、
中学校の頃はソフトボール部、
高校生の頃は一緒に野球部のマネージャーをしていました。
ボール縫ったり、アナウンスしたり、麦茶作ったり、スコアブックつけたり、
ひたすらグランドの草むしったり。
私たちが1年生の時に
3年生の野中キャプテン、熱血な野球部の先輩がいました。
マネージャーにはとても優しい先輩でした。
モザンビークでほそぼそと活動を始めて
ご寄付をいただくようになってから、
ご寄付を下さる見慣れない企業のお名前があり
ずっと気になっていました。
地元で応援する会を作ってくださった
河田さんが調べてくださって
(御前崎市池新田のパソコン教室「ハイネ池新田」を経営なさっている)
なんと高校を卒業してから一度も会っていない
野中キャプテンの会社とのことでした。
20年前のユニフォーム姿、坊主頭の野中キャプテンの姿を
思い出しありがたい気持ちでいっぱいになりました。
派遣会社勤務を得てご自身で、
素晴らしいシステムの派遣会社をと会社を立ち上げられたそうです。
ご自身のブログ「ピンハネ屋と呼ばれて」に
派遣会社を立ち上げられたきっかけ、
ご自身のご家族のこと、
子供の頃、職を転々としながら
一生懸命働くお父さんを心配していたことなどが書かれていて、
その温かい思い、お人柄がとても伝わってきました。
ぜひぜひ読んでみていただけたらと思います。
野中社長のブログ 「ピンハネ屋と呼ばれて」
「派遣会社を設立した理由」
http://rstc928.hateblo.jp/entry/2015/06/13/173805
去年日本に一時帰国した時に
河田さんとご一緒に20年ぶりにお会いさせていただき、
ありがたさ、懐かしさでいっぱいになりました。
野中先輩、河田さんは、
モザンビークの二つ目の勉強小屋が町から離れていて
茂みの中に強盗が多い道を通っていることを心配してくださりました。
そして少しでも安全に活動が続けられるようにと
今までくださっていたご寄付金を使って
白いきれいな中古車を購入してくださいました。
船で送る前に、
掛川市大東にある有限会社アトムさんがしっかり整備してくださいました。
そしてモザンビーク北部の港町まで送っていただき
無事に受け取らせていただき、最終的な書類等の手続きも終わりました。
心からお礼申し上げます。
車(リツアン号)には大きな荷物を運べるように、
アトムさんのご協力もあり、
車の屋根の上に荷台をつけてくださりました。
現地では、黒板の移動や、木材の移動大きな荷物の移動に大活躍で、
そしてマラウィに移動するときも、
このリツアン号のおかげで、たくさんの荷物(お鍋や布団まで)
持ってこれました。
ガソリン代がもったいないので、
歩けるときはもちろん歩いています。
ただ荷物が多いときに本当に大活躍しています。
大切に大切に使わせていただきます。
株式会社リツアン
http://ritsuan.com/company/president/
ハイネ池新田(お子様からご年配者までのパソコン教室、
優しく丁寧な河田さんがご本人が先生をなさっています)
http://haine.hamazo.tv/
有限会社アトムさんは、掛川市にある中古車販売、車検や車の修理等を
なさっている会社です。
感謝の気持ちでいっぱいです。
深く感謝申し上げます。
勉強小屋1と勉強小屋2の子供たちとリツアン号