オマールのこと。
2011.08.20 Saturday
協会の女性たちの勉強会のときに、
みんなでいつも色んな報告をし合います。
家に泥棒が入って何かを盗まれてしまったりだとか
強盗が入ってしまったこととか、
家族が亡くなったことなど悲しい報告がおもです。
いつもいつも協会の女性たちの家族の誰かが亡くなっていて、
その報告をみんなで聞きます。
まだ小さな子供たちが亡くなっていってしまうことも多く、
ここでの命の短さをいつも感じます。
ナディアが亡くなってしまったとき、
遺体保管所にいたときも
布に包まれた小さなものが
ナディアの遺体の足のところに4つあって、
これはなんだろうって思って、
なんとなく、そこで働いている人に聞いたら
「昨日の夜死んじゃった赤ちゃんたちだよ。」って。
協会の勉強小屋に1年以上前から元気に通ってきていた
男の子(オマール)がいて、
彼も彼のまだ若いお母さん自体も、自分の年を知らず
オマールはだいだい11歳ぐらいに見えました。
オマールは1年以上前は、全く公用語理解できなかったのに
最近では、かなり話せるようになって、
勉強小屋に妹と仲良く通ってきていました。
いつもいつも同じぼろぼろの服を着ていて
協会で寒くないように厚地の服をプレミオで渡してから
それを毎日毎日着ていました。
ここでは、町の近くは土地の問題があるので、
みんなすごく遠くの何にもまわりにない
ブッシュまで入っていって
そこで本当に簡単な掘っ立て小屋を作って
食べ物を手に入れるために、
畑を耕して生活を立てている人たちがかなり多いです。
オマールも少しの間ブッシュの中にある畑を耕しにお母さんと
1ヶ月ほど行ってしまっていて、
勉強小屋では、女性たちに
「子供たちはブッシュの中へ
連れていっちゃだめだよー。
子供たちは、学校に行かないといけないし、
それにブッシュの中は病院も遠いし、危険だし、
井戸もない場合が多いから飲み水困るでしょー。」って
口をすっぱくして言っていました。
ですが、女性たちは旦那さんをもう亡くしていたり、
旦那さんに捨てられてしまったりして
残されたたくさんの子供たちを食べさせていくために
みんなブッシュに入っていて一本のくわで
一生懸命畑を耕してなんとかそのわずかな作物で
生活をしているかたが多いです。
まだ小さな子たちもみんなで必死にお手伝いをします。
オマール、そこで下痢が何日か続いて、
すぐ亡くなってしまった連絡がきて。。
病院に連れて行くのが遅れてしまったのか、
病院の薬が全く効かなかったのか本当のことはわかりませんが、
オマールブッシュに行く前まで、勉強小屋にも休まず通っていて
勉強も元気に変わらずしていたのにあんまりに突然のことで、
聞いたとき言葉がでませんでした。
ここでも、特に子供たちが、
少しでも細菌感染にやられてしまったり下痢が続いただけで、
生まれる前から慢性の栄養失調のみんなの体は
抵抗力がとても弱く簡単に亡くなっていってしまいます。
モザンビークでも5歳になる前に亡くなっていってしまう子たちが
5人に1人の割合って言われています。
それでも協会の子供たちは、具合が悪そうだったり、
病気の症状が出ていたら私もある程度チェックして、
病院に連れていって診て貰うようにしたり
できると思ってそうしていたのですが。。
本当に本当に悲しく思います。。
ソマリアの人たちが苦しんでいるニュースがここでもやっていて
ソマリア、国がもう何十年もしっかり機能していないような
戦いばかりがある国で、
援助物資、しっかり届くのがとてもたいへんな場所だと思うし、
飢えや栄養失調が原因の病気でどんどん
亡くなっていってしまう人たち子供たちを思うと
本当に心が痛いです。
どうか最善の対策が見つかってくれることを
願うばかりです。
写真。
ブッシュの中でも近くに集落がある場合は、
ポンプや井戸がある場所もありますが、
水がよく枯れてしまう乾期の時期や、、
井戸自体がないところは、
どこかに水が溜まったところの水を
茶色く濁っていても
そのまま飲みます。
3枚目。
赤い服を着て指を加えてるのが
オマールです。