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アジャラ

 

アシャンテママの教室には、

遺児の子たち、体に障害を抱えていたり、

HIVと共に生きる子供達も通っています。

 

2つ目のアシャンテママの教室に通っている

アジャラという名前の12歳ぐらいの女の子がいます。

 

お父さんとは、もうずっと会っていず、

遠くの畑を耕す貧しいお母さんを助けながら生活しています。

 

2つ目の勉強小屋をこの集落で始めるときに、

アジャラは、お母さんに連れられてきました。

 

アジャラのお母さんは、

 

申し訳なさそうに、

「うちの娘は、聞くことも話すこともできないけど

それでもここに通わせてもらえますか」と聞いてきました。

 

アジャラは、生まれたときから耳が聞こえず、話すこともできず、

学校にも通ったことがなかった女の子でした。

 

アシャンテママに通い始めてから3年以上が経ち、

今では、読み書きがとても上手になりました。

 

他の子供たちもアジャラがわかるように、

ゆっくり話したり、手を使って

話をしています。

 

アジャラは、

1日も休むことなく楽しそうに

通ってきています。

 

 

 

写真の左の女の子がアジャラです。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)

コメント欄

こんにちは、さやかさん、お母さんも、子供の成長と、優しい友達ができたことに、喜ぶと思います。

 小学校の低学年の頃にクラスに話す事の出来ない子が居ました。
別の子が、「お母さんと話しているのを見た。」と言ってたのを聞き、「ホントは話せるのに。」と心無い言葉を、言ってしまいました。すぐその子の友達の女の子に、「口の中の傷を見せてもらった、ホントにしゃべれない。」と、怒られました。
大きくなって、それが、口の形を見て、お母さんと会話してたのだと気づきました。
 耳の不自由な人と、その人のノートパソコンで会話したことがあります。武道の稽古が主だったので、ほんの少し、質問に答えただけでしたが。
Comment by もう一人のマロン @ 2018/10/29 9:49 AM
>もう一人のマロンさま。


子供の頃は、わからなかったことや気にも留めなかったことが今思い返してみるとそういうことだったんだなぁ。と今になっ
て気づくことたくさんありますよね。  


アジャラも含めて、アシャンテママの教室に通っている子達が、どんな未来を進むにしても、いつかみんなで勉強したことが力になったり、いい思い出として思い返す日がくるといいなと思います。

もう一人のマロンさん、ご支援本当にありがとうございます。



 
Comment by 栗山 @ 2018/11/05 7:52 AM

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