パジャマで眠れること

 

以前、約9年ぶりに日本に一時帰国したとき、久々なことはとてもたくさんありましたが、そのひとつはパジャマで寝たことです。

 

日本に帰ってきてからも普段着で寝ようとしていた時、

 

「もっとリラックスした格好じゃないと疲れが取れないからゆったりしたパジャマ着なきゃ」と言われたときに、「あぁそうだった!」とはっとしました。

 

現地に住んでいた頃は、ベットの下にナタを隠しておいたり、いつでも外を走って逃げられるように、夜中に誰かが侵入してきてもできる限り万全な格好(万全な格好なんてないですが、、)で眠っていました。

 

当時、同じ町に住むインド出身の友人ですら、男3人で暮らし+警備員もつけていて、現地の人々とは見た目が違う外国人で、ただでさえ目立つのに、貧しい地区にある場所で女一人で暮らしていることに驚かれました。

 

今現地を離れ、夜パジャマを着るとき、パジャマを着て眠れる生活の贅沢さを改めて感じています。

 

たった8年ほどでしたが、大の大人だった自分でも、突然やってくる強盗たちやある一定の権力者たちに、びくびくしながら暮らす生活の辛さを身に染みてわかっているので、

 

世界中の多くの場所で、日々安心して眠れない子供たちがいる現実を想うと悲しくなります。

 

戦争、紛争とか弱肉強食な社会、人が誰かに襲われることを少しでも減らすにはと考える時、

 

立場が違えば正義が180度違い戦争などになってしまうし、

「人間がいる限り戦争や殺人は絶対無くならない」と言う言葉。

それでも望みを持って、一人一人に教育や教養、周りの環境などの大切さに加え、他人(立場の違う相手も含めて)を思いやる気持ちを持つ人がもっと増えれば少しずつでも弱い立場に置かれてしまっている人たちも暮らしやすい世界になるのかなと思います。

 

アシャンテママの活動も今一度、様々な角度から見ていけたらと思います。

 

ご支援をしてくださる皆様に深くお礼申し上げます。

 

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(0)

自分にまだまだ足りないもの

 

約10年前に本を出版させていただくご機会をいただき、その本のタイトルが『なんにもないけどやってみた』でした。

 

本の内容は、言葉の文法ミスなど多いながらも、自分がエチオピアで出会った一生懸命生きていた女の子たちのことを主に書かせていただきましたが、タイトルだけは決めていただきました。

 

海外に出てから約9年後に日本に初めて一時帰国したときに、このタイトルに決まった理由をたまたま聞く機会がありました。

 

出版していただいた時、タイトルの「なんにもない」って現地の施設に何もないってことなのかな?と、うっすら思っていた程度で、あまり気にも留めていなかったのですが、

 

それは壮大な勘違いで、「なんにもない」というのは現地などのことではなく私自身が学歴、キャリア、スキル、知識も経験も何にもない人⁺無職という意味だったということが出版から5年近く経ったこのときにわかりました。。

 

 

私には一つ年上の姉がいるのですが、姉は小さな頃からずっと、居間で家族と話していても、何をするにも一人で黙々と本を読んでいるタイプで、部屋も本だらけ、いつもお小遣いをこつこつ貯めたりお年玉なんかで本を買いこみ幸せそうでした。 

 

私は子供ながらにそんな姉を見ながら、他にも楽しいことはいろいろあるのに(といっても誰かとおしゃべりしたり、友達と遊びに行ったり、テレビ見たりだったんですが)、なぜ文字ばかりの本をいつも読んでいるんだろう?と少し不思議でした。(ちなみに姉とは仲良しです。)

 

ですが、今となっては私も姉のように本をたくさん読んでおけばよかったとも思います。

 

日本のNPOで働く人々や専門家の中には、「いきなり現地へ行って無知のまま活動するのではなく、まず最初に住んでいる日本で勉強をし情報収集、データ分析、十分な知識を持ってからではないと。 大学、大学院に進学して専門的に研究してからでないと。。」という意見も耳にします。

 

恥ずかしながら私は全くそうではなく、元々バックパッカーをしていて多くの国々(特に東ヨーロッパ、東南アジア、中東などの途上国と呼ばれる国々で)などので見ず知らずの人に何度も助けられたり優しくされたりしたことに感動し、この恩をどこかで返さなければと勝手に自分の中で決めました。 

 

無職で時間だけはあるし、3週間だけでも誰か困っている人のお手伝いができたら。もし役に立たなくて逆に周りに迷惑かけるだけだったらすぐ諦めようと思いながら、他の旅人から困っている人が多いと聞いたアフリカ大陸にふらふら来ただけでした。

 

アフリカ大陸には3週間のみ滞在の予定が、そのまま時間はどんどん流れていきました。気づけば10年以上現地で厳しい環境で生きる子供たちの人生を近くで見させてもらって、一人でも亡くなっていってしまう子供たちを減らせれば、子供たちの辛さが軽くなれば、埋もれてしまっている可能性を生かすことができれば、といったことを考えてきましたが、

 

それにプラスして、もっと俯瞰的に物事を考えなければならないのでは?もっと全体像を把握しなればいけないのでは?などと考え始めました。

 

「いくつになってもやると決めた時がスタート」という言葉を思い出し、数年前から1日の隙間時間、寝る前の30分でもいいから、国際開発関係や経済学者の方などの本を読んでまた別の多くの違った角度からの視点についての勉強を自分なりですがしています。(あと興味がある哲学系の本なども。)

 

アシャンテママとして活動を始めた当初は、1日1日の活動を終えることに精一杯だったように思います。こんなに長く活動を続けられるとは考えてもみませんでした。

 

もし私じゃない誰かだったら、優秀な頭脳を持ち、もっと決断も早く、的確な問題解決能力があるのでは?と、そういった考えになってしまう時もありますが、

 

今もこうして活動を続けられているのは、私がなんにもない人であるのにもかからず、信頼してくださり、ご支援を続けて下さる皆様のおかげなんだと思うと、ありがたい気持ちでいっぱいになります。

 

今後も続けられる限りNPOアシャンテママの皆様の助けも借りながら現地のスタッフたちと頭を絞っていきたいです。

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(14)

出国前のドタバタと膀胱炎

 

今回、モザンビークからの出国を控えていたところ、フライトの欠航の連絡がまた来て大慌てで、新たに一番安く購入できるフライトを探し直し、それに合わせ全てのスケジュールの急な立て直し、諦めなければいけないスケジュールが出てしまい。。

 

そして上手くいくかもわからない現地での書類の期限も迫っていて、時間がないなか心配と不安が重なりました。


それに出国時にPCR検査の検査結果が必要なのかどうか、利用する航空会社(ポルトガル)とその会社の現地支店、モザンビーク政府などでその指示が異なり、正しい情報がわからず。。


どちらにしても搭乗拒否をされてしまうのを避けるために検査を受けていった方が確実だと思い、PCR検査を受けることにしました。

 

搭乗から72時間前に受けたPCR検査の陰性結果ではないといけないので、アシャンテママのある私が滞在している州ではPCR検査を受けることができても、結果がわかるのは1週間以上かかるとのことで全然間に合わないことがわかり。


この町から出発する飛行機は週に2便しかないため、早めに移動しなければならず。

 

首都でいつも泊まる安いドミトリーの共同部屋はバストイレも共有なので断念し、個室のゲストハウスを探し、首都でPCR検査は一体どこで受けれるか、どれほどまでの行列に並ばなければいけないのか、フライトの前にしっかり結果がもらえるかなど、不安なことも多く。。


ぎりぎりまで本当に出国できるのか不安の中、飛行機が離陸したときは次戻れるのはいつだろうかと悲しく思いながらも、

いまだに色んな恐怖心もある現地での暮らしなので無事に出国できほっとしました。

 

 

移動中は、コロナウィルス感染を気にしすぎて、飛行機のトイレ利用を減らしてしまいました。


乗り換えのポルトガルの空港へは夜11時着、そこから翌朝11時発の別便に乗り換えるため空港内のベンチで一夜を明かし(12時間待ち)過ごす予定でした。


しかし空港に到着してから、なんと空港がパンデミックの影響で深夜は閉鎖されることを知り...。


空港付近のホテルは1泊一万五千円くらいするらしく(なぜか携帯でネットが接続できず調べられず。。)、たった一晩弱の滞在で一万五千円。。「このお金があったら何足サンダルあるいは蚊帳買えるだろう?」と。。


私みたいなモザンビーク人が2人(早朝の電車待ち)いたので、3人で一緒に夜が明けて空港が開くまで、空港の入り口付近のベンチで話しながら過ごすことしました(距離を保ちながら)。寒さに震え、空港付近ではきっと飲み物代高いだろうし飲み物を買える場所を探す気力もなく、更に水分補給を怠ってしまい。。


この時期での移動はある程度の覚悟はしていましたが、やはりストレスや疲れ、睡眠不足も重なり免疫力が低下していたようです。


その結果、無事に自宅アパートに戻ってから膀胱炎になり、かなり症状が辛く感じて(腎盂腎炎が疑われるような症状はなかったのですが)頻尿、残尿感等がひどく、1日中トイレに座っていたかったです。


数日間、夜間も頻尿+残尿感で気持ち悪く1時間ごとに目が覚め、病院に行って抗生物質をもらいたかったのですが、病院が予約制のため予約取れたのが10日後で。。。更に寝不足などがたたりアトピーもいつもよりひどくなり。。

 

最善策を考えながら、健康、睡眠の大切さを思い知るとともに、安全な場所で、トイレがある場所、横になれる布団もあり、水分補給できるきれいな水もお湯もあり、私は申し訳ないぐらい本当に恵まれているなと思いました。

 

もっと辛い病気の人たち、厳しい環境で病気になってしまった人たちの辛さを考えると、胸が痛みました。。

 

今は無事に治り、夜も連続して眠れるようになり。。眠れる喜びを感じています。

 

日本もこれから寒い季節になると思いますが、どうか皆様お体にお気をつけてお元気でお過ごしでいらっしゃいますように。

 

 

【写真】モザンビークの子供たち(家庭学習中)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(4)

今年

 

昔バックパッカーをしていた頃に知り合ったケニアの友人から、

 

「今年は、今まで通りに働いたり、日常を過ごせる年じゃないね。

頑張って生き延びる年だね。安全でいてね。生きててね。」と。

 

 

毎朝目を覚まして、今日もまた生きてたなとほっとしながら飲む朝の緑茶。

いつもありがたいなと思う日常のひとつです。

 

夜中に目が覚めるたび、それと朝目が覚めてすぐ、

携帯電話を確認して現地のスタッフからも夜中、朝方の電話がないことを確認してほっとします。

(誰かが亡くなってしまった連絡や、強盗がはいった連絡は朝方に来ることが多いので)


どうか皆様もお体にお気をつけてお元気でいらっしゃいますように。

犠牲になってしまう方々、様々な影響で苦しむ方々が減りますように。

 

 

【写真】

今日も家庭訪問でプリントを配布してもらった子供達。

ご支援誠にありがとうございます。

 

 



 

栗山さやか | 雑記 | comments(1)

西日本豪雨お見舞い申し上げます。

 

《4万人のボランティアの記事》

 

 

西日本豪雨の被害に遭われ亡くなってしまった方々、

心からご冥福をお祈り申し上げます。

 

そしてまだ避難所生活をされていらっしゃる方々が

早くご自宅に帰れますように。。

 

 

この連休中に日本全国から4万人もの方がボランティアに行かれたそうで、

連日続く悲しいニュースの中でなんて素晴らしいんだろう!と嬉しく思いました。

 

 

暑い夏のお休みの日に

西日本で被害に遭われたかたの少しでもお役にたてるならと

ボランティアに出かけて行った方々。。。

本当に素晴らしいなぁと思いました。

 

何かが起こってしまったとき、

やっぱり人はお互い助け、助けられて生きていくんだろうなぁと思いました。

そんな世の中であって欲しいと改めて思いました。

 

被害に遭われた方々にまたいつもの穏やかな日常が

1日でも戻りますように。。

 

 

 

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(0)

ブログの内容

 

最近、この自分のブログは

現地の様子の暗い内容ばかりのような気がしていました。


起こってしまったことでも、

悲しくなるようなことは自分の胸にだけしまって、

ブログに書くのは控えたほうがいいのかな、

と考えてしまっていました。


もっと嬉しい明るい出来事を書いたほうが

ブログを読んでくださるかたも

明るい気持ちになれるのではないかと思いました。


ですが、やはり現地の様子、現地の人たちが感じていること、

協会の子供たちがどんな環境の中で生きているのか、

正直に書いていこうと思います。


ただ嬉しかったこと、素晴らしいなぁと思ったことも

小さなことでも書いていけたらと思います。

 

 

以前いただいておりましたブログのコメント(日本への帰国)のお返事を書かせていただきました。

 

Makiさん、かんくらさん、Airiさん、CANDYさん、遅くなって本当にごめんなさい。。。ご確認いただけたら幸いです。


写真
アシャンテママに通う女の子(ルヴィナ)と小学校2年の教科書

 

栗山さやか | 雑記 | comments(3)

日本への帰国

 

協会以外のことでの

今年の目標は、親孝行を少しでもできたらなぁと

考えていました。

 

2月は1年でも飛行機のチケットが安い時期なのもあって

この時期に日本へ一時帰国をしようとなんとなく決めていました。

 

そして赤ちゃん付きでも安い航空券が見つかり

今月日本に一時帰国します。

とても楽しみです。

 

しばらくは実家に滞在し、

子育てとそれとずっと出来ずにいた

協会の会計簿のまとめを完成させるつもりです。

またご報告させてくださいね。

 

2年ぶりの日本への帰国ですが、

春の季節に日本にいれるのは13年ぶりになります。

梅や桜がとても楽しみです。

 

今はインフルエンザがどこもはやっていると

聞きました。

 

皆さまどうかお気をつけてくださいね。

 

また日本からブログ更新しますね。

納豆も楽しみです。

 

いつもアシャンテママをご支援してくださっている皆様に

お会いできるご機会があれば嬉しく思います。

 

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(9)

離れて思うこと

 

スペインの小さな町に来てしばらく経ちました。

 

ここには日本のように24時間のコンビニや

ファミレスはないけど、夜9時まで開いているスーパーがあって

一人で行った帰り道、

夜こうして一人で道を歩くなんて

モザンビークでもマラウィでも

安全を考えるとできなかったなぁとふと思いました。

 

私がモザンビークを離れた後、

私の家に夜中泥棒たちがやってきて

家の入口の部分を壊して入ってこようとして、

代わりに住んでくれているご家族が大声を出しくれて

泥棒たちは諦めて逃げて行ったと聞きました。

 

送られてきた壊れされた家の入口の写真を見ながら、

今ここで安全な場所で過ごせていること、

ありがたい気持ちと罪悪感のような気持ちがあります。

 

アシャンテママで働いているルーシアさんたちとは頻繁に

電話やメッセージでやりとりしていますが、

最近も協会で起こった問題や悲しい知らせを聞いて

なんだか自分だけ抜け出してきてしまったような

申し訳ない気持ちにもなります。

 

ただみんなが安全で元気でいてくれたらと思います。

 

 

協会のご支援をしてくださる皆様

いつも本当にありがとうございます。

 

 

写真

 

モザンビークの二つ目の勉強小屋のお昼を食べた後の

休憩時間、丸く円を作って遊んでいる子供たちと

手前であったかいお茶を飲む子供たち

 

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(2)

マラウィ南部の町にいます。

 

 

今はマラウィの南部の町にいます。

 

マラウィは1964年に

イギリスの植民地支配から独立した国で

貧しい国と言われていますが、

人々も雰囲気もとても穏やかな気がします。

 

マラウィにきて、

ずっと監視され続けていたように感じた日々から抜けれて

夜普通に眠れるようになって

安心して眠れることが心からありがたいです。

 

尿意を我慢して移動を続けていたためか、

膀胱炎になってしまっていましたが

それもやっと治り嬉しく思います。

 

マラウィで活動しているイギリス人の知り合いの

小さなNGOのある村に行ったり、

毎年遅れてしまう協会の会計簿のデータベースの作業を進めていたり、

マラウィの法律を調べたり、

電話でモザンビークの協会のみんなとやりとりをしながら

今やるべきことをと思っています。

 

ここ数カ月の協会の活動や出来事等も

ブログにアップしていけたらと思います。

栗山さやか | 雑記 | comments(4)

後悔

 

 

自分のとってしまった行動、発言に関して、

なんであんなことを言ってしまったんだろう。

もっと違う言い方をすればよかったのに。

あああすれば良かったのに・・・。と

後悔してしまうことが、最近増えていました。

 

国の情勢が悪化するに伴って

小さな現地の協会で活動する外国人である自分の立場、

それぞれの現地政府の管轄機関に対し的確な対応ができずに

落ち込んでいました。

 

でもある人が、

 

「過去の自分が良かれと思って出した決断を責めることは良くないよ。

その当時の自分はそれが最善と思ってしたことだから。

 

それよりも今現在どうするべきか、今後どうすべきかを前向きに

考えたほうがいいよ。

 

それにすべてのことは起こるべくして起こるものだよ。

長い人生、もっと後から振り返ってみると全然たいしたことじゃないことの

ほうが多いんだよ。」と言ってくれました。

 

「自分でどう頑張っても、結局はなるようにしかならないこともあるからね、

物事の見方を変えて、流れに身に任せることも時には大切だよ。

 

過去を後悔してばかりでも、未来のことを心配しすぎてばかりでも

今ある目の前の小さな幸せなことを見逃しちゃうよ」とも。

 

対応しなければならない問題がまだ多くありますが、

これも全て勉強だと思って、

今やらなければならないことを着実にやっていきたいです。

 

 

 

 

写真。

 

勉強小屋の近くのパン屋さんとルーシアさん。

 

 

栗山さやか | 雑記 | comments(6)
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