アレルヤのお母さん

 

ある日の午後、

アシャンテママの教室に

真っ黒い布を体に巻いた女性が訪ねてきました。

 

半年ほど前に亡くなったアレルヤのお母さんでした。

 

アレルヤのお父さんはアレルヤがまだ小さな頃に亡くなり、

お母さんはHIV感染で投薬を続けていて、

アレルヤ自身もHIVに感染していました。

 

アレルヤのお母さんは、以前会ったときよりだいぶ痩せていて、

椅子に腰を掛けて、静かにアレルヤのことを話してくれました。

 

〜〜〜

 

半年ほど前、アレルヤが急に具合が悪くなり、

ひどい貧血状態なことがわかり、何度も輸血をしたこと。

 

輸血が必要な場合は、原則誰かが献血をして、

病院に血液を渡さなければならず、

何リットルもの血が必要で、

家族、親せき中にお願いをして。

 

家族、親せき中のなかでも、

HIV感染していない、なんの感染症もない、

栄養失調でない人を何とか探し出し、

何度も献血してもらい、何度も何度も輸血したこと。

 

それでも心臓肥大になってしまい、

もしかしたら別の大きな都市の病院に移送して、

治療してもらえるかもしれない、

でも、親の身分証明書が必要、

それにはかなりの額のお金(日本円で約1500円)が必要で。。

 

アレルヤもアレルヤのお母さんも、

奥地の畑を耕して暮らすことになりこの町を離れていて、

2年近くアシャンテママの教室にはきていませんでした。

 

この大金を頼れる人がいなくて、

わらにもすがる思いで、アシャンテママを思い出して、

教室に来て話すと、 

ルーシアさんがお金を渡してくれて。

 

そんな中でも一時的にでも退院をするように言われ。

 

家に戻ってからもアレルヤの具合はどうかと、ルーシアさんが

バナナやお米を持って、たびたびお見舞いに来てくれて。

 

ある日、具合がとても悪そうで、すぐに病院に運びたかったけど、

雨の降る日、タクシー代もなくて途方にくれていると

そんな時にルーシアさんが現れて、車を手配してくれて。

 

残念ながら病院でアレルヤが息を引き取り。。

 

遺体をそのまま埋めるのではなくて、 

やっぱり最後だからと白い布で体をくるんであげたかったけど、

そんな大金もなく。。

 

ルーシアさんに相談すると、

遺体をくるむ白い布代、渡してくれて。。

 

〜〜〜

 

と、ここまで、一気に話してくれて、

何度もありがとうと涙ぐんで

 

「あなたたちがしてくれたこと、してくれていることにどれだけ私たちが救われているか。。アレルヤ亡くなってしまったけど、最後まで諦めずに助けてくれようとして。。亡くなった後も、白いきれいな布に包んであげれたこと、とても救われて。」

 

「本当にありがとう」と。。

 

 

アシャンテママの活動を始めた理由、

続けてさせていただいている理由の一つは、

 

「まだまだ様々な厳しい現実があるこの場所で、

どうしようもなくなった時、頼れる場所を提供できたら」

 

との想いからでした。

 

 

ご支援をしてくださる皆様、心から深くお礼申し上げます。

 

 

写真 元気なころのアレルヤ、ニベアの袋を頭に乗せている子

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

いただいたお芋

 

 

アシャンテママの2つ目の教室に通う子供達の多くは、

雨期が始まる時期に家族と、

奥地にある畑を耕しに行きます。

 

住んでいる町、集落の近くの畑はもう他の人の所有なので

町から遠く離れた奥地(歩いて片道2時間から5時間ほど)に

掘っ立て小屋を建て、そこで寝泊りし、

半年ほどして収穫が終わる時期に戻ってきます。

 

ちょうどそのころが政府の小学校への登録時期なため

アシャンテママの教室に通っていて

入学登録をサポートしようとしても、本人家族不在、

学校が開校しても奥地で畑を耕しているため戻ってこれず。。

 

こういう子たちは、奥地から戻ってきたら

アシャンテママの教室のみで勉強を続けています。 

 

来年の登録時期には一人でも多くの子が

政府の小学校にも登録できるようにと考えています。

 

数日前に、奥地から半年以上ぶりに戻ってきた女の子が、

畑で耕してとれたお芋をひとつおすそわけしてくれました。

 

ルーシアさんたちと焚火で焼き芋にして

おいしくいただきました。

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)

通っている子供達


モザンビークのアシャンテママの教室に通う子供達には、
アシャンテママの教室にも通いながら、
政府の小学校にも通えるよう学校登録を毎年支援しています。

 

みんな現地の中でも貧しい暮らしをしている子達で、
色々な家庭環境で育っています。

 

両親、片親を亡くした子供達、障害を抱えている子供達、
HIV感染している子供達、HIV感染や病気の親を持つ子供達、
学校に一度も通わずにいる子供達、親が刑務所にいる子供達。

 

父親が、近所の家の鶏を盗んで、警察に連れていかれてから
その後刑務所にまだいるのか、

出てきているのか連絡が取れないままになっている子。

 

また別の子は、生後5か月の頃に母親を亡くし、
父親は、数年前に隣の地区に住む人を殺して、
その体をバラバラに解体して
売っていて捕まり刑務所に入っています。

 

その子は、身分証明書も持っていなかった子ですが
皆さんのご支援のおかげで取得することができ、
政府の小学校の登録手続きもサポートし
今は14歳になり、小学校4年生になりました。

 

アシャンテママの教室にも1日も休まずに通っていて
おとなしい女の子でまじめな子です。


先日、プレミオとして、小学校の制服(制服を着用していないと

授業を受けさせてもらえないこともある)を受け取りました。
とても似合っていて、とても喜んでいました。

 

ご支援本当にありがとうございます。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(6)

子供たちのお宅訪問

 

去年、モザンビークの週二日、あるいは三日ある

アシャンテママの教室に一回も休まず通った子達の中で、

蚊帳を持っていない子たち約90名に

蚊帳をプレミオとして渡させていただきました。

 

いつも蚊がすごいのに、

蚊帳を今まで持てたことがない子たち多く、

しょっちゅうマラリアにかかってしまう子もいたので

受け取れてみんなとても喜んでいました。

 

子供たちのおうちを訪問して、

蚊帳、やぶけてしまっていたら

その部分しっかり縫って使用できているかなど

見せてもらいました。

 

みんな大切に使っていて、

マラリア予防になっています。

 

ご支援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

学校の制服の写真

 

 

小学校に通うために、

子供達に原則必要なもの。

 

身分証明書(出生証明書だけでOKな場合もありますが

自宅で産み落とした人たちは出生証明書も持っていない場合が多いです。)

登録用紙代 約30円

です。

 

これが手に入らない子たちの支援、

あるいは、保護者の方が読み書きができず、

登録用紙に記入できない場合、変わりに記入等

そういった小さな支援もしております。

 

ここでは子供達が小学校へ無事に通い続けるために

壁はいくつもあります。

家族で食べ物を得るために遠くの畑に

耕しに行って何カ月も戻ってこなかったり、

遠くまで薪拾いやわらを背負って家計を助けるために

働かなければならず学校に通えなかったり、

鉛筆、ノート代などのお金。。

 

無事に小学校3,4年生になったら

次の大きな壁は、制服代です。

 

制服着用していないと教室に入れてもらえない場合も多く、

そのために小学校に通えなくなってしまい、

退学となる子供達も多くいます。

 

制服代の約1400円は社会的弱者と呼ばれる貧困家庭、

なかなか用意ができる金額ではないです。

 

アシャンテママに休まずに通っている子達には、

プレミオとしてノートや鉛筆以外にも

制服の支援もしています。

 

制服は、布屋さんで、布だけ購入し、

路上のミシンやさんで縫ってもらうと

全部で約1200円から1400円ぐらいです。

 

写真 制服を受け取って着ているグラッサ  

 2010年2月からアシャンテママに通っている子です。

 グラッサがまだ小さな頃に両親が亡くなりました。

 親せきの家を転々として暮らしながら、

 今は無事に小学6年生になりました。

 

 

    

 後ろの壁に貼ってあるのは、

 日本の100円均一で買ったものです。お気に入りです。

 

 

 ご支援心から感謝申し上げます。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

大雨

 

 今は雨期の時期です。

 今年は特に雨がひどく、モザンビークの各地で

 雨が降り続く日々、サイクロン、洪水。

 先日のサイクロンだけでも 

 1000名以上が亡くなった可能性があると聞きました。

  

 サイクロンが直撃した

 中部の州では、水につかったままの家々も多く

 まだまだ屋根の上、木の上などに

 取り残されて救助を待っている人たちが

 大勢いるとのことです。

   

 

 大雨によってこの町でも泥とわらでできたお宅も、

 レンガとセメントでできたお宅も

 崩れてしまった家がかなりありました。

 

 町から少し離れた場所にあるアシャンテママの教室の横に建てた

 見張りのご家族が住んでくれていたおうちも

 壁の一部が崩れてしまいました。

 

 再度頑丈に立て直しをしています。

 誰もケガがなくて何よりでした。

 

 ただその他のスタッフの一人のご家族も、

 数日前の大雨で住んでいる泥の家の壁が崩れて、

 その下敷きになり亡くなってしまいました。

 

 他のスタッフのご家族も、

 トラックの荷台に乗って移動中に、

 3人がトラックから落ちて

 3人とも亡くなったと聞きました。

 

 心からご冥福をお祈りします。

 

 

 

 写真。大雨で崩れてしまったアシャンテママの

    見張りのご家族が住む家の壁

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)

先生の言葉

 

子供たちへの授業が終わったあとの夕暮れ、

働いてくれている先生たちから色々な報告を受けていました。

 

もう何年もアシャンテママで働いていて、

ご寄付を下さる日本の皆様のおかげで

まだ活動を続けさせていただくことができていることを

よく知っているアイーデ先生が、

 

「今食料が一番不足している時期で、

昨日も今日もほとんど食べ物を口にしていない子たちもいます。

ここでのお昼ごはんのときに、

子供達がとても嬉しそうに

ご飯を食べている姿を見るたびに、

ご寄付を下さる皆様に会ったことがないけど、

とてもありがたいです。

空腹の辛さはとてもよくわかるから。。」と。

 

 

前に、先進国に住むある人が、

 

「世界のどっかに、

いつもお腹を空かせている子供達とかがいるって

わかっていても、

コンビニにちょっと行っただけで、もうそのことは忘れちゃうよ。

やっぱり自分の生活で忙しいから。」と。

 

 

そんな中、

小さな活動をしているアシャンテママの存在を思い出して

ご寄付をしてくださる人たちがいらっしゃるということが

本当にありがたいです。

 

深く深く感謝致します。

 

 

写真 モザンビーク北部の町のはずれ

2つ目の教室の子供達。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

現地に到着しております。


おかげさまで、

無事にモザンビークに戻ることができました。

約3カ月滞在する予定です。


アシャンテママで働いてるルーシアさん

数週間前から体調を崩し、

1週間布団に寝たきりで、ほぼ立ち上がることも、

しゃべることもできなくなってしまったと聞いて、

とてもとても心配していました。


病院には2回連れて行っても、

普通の診察をうけてマラリアかどうかの

検査をしただけ、と聞いていたので、

急いでHIV専用の外来に行くように伝え、

そしてやはり、抗エイズ薬の投薬が始まりました。


完治する薬など別の薬ができるまで、

1日も飲み忘れずに、これから生涯付き合っていく薬です。

投薬開始直後は、副作用が強くでてしまっていたようですが、

今は徐々に元気になり一安心しています。

 

アシャンテママで働いているスタッフの何人かも

この薬を飲んで元気に働いています。


栄養のある食べ物を食べて、

どうかどうか変わらず元気に

日々を過ごしてくれたらと思います。

 

また現地での活動の様子

少しずつになってしまうかもしれませんが、

ご報告させてください。

 

コメントも遅くなってしまうかもしれませんが

お返事書かせてください。

ありがとうございます。

 

 

写真:ルーシアさん

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

フィロメーナさんから嬉しい連絡

 

 

モザンビークのアシャンテママで

働いてくれているフィロメーナさんから

「お願いしたいことがあります。」と連絡がありました。

 

お願いは、お給料の前借でした。

理由はなんと息子さんが教師養成学校に合格したとのことでした!

 

 

フィロメーナさんは、

以前、旦那さんと二人で畑を耕し、6人のお子さんがいました。

ただ一番最初のお子さんは、6歳の時に原因不明のまま

亡くなっていってしまったそうです。

 

旦那さんは、

「自分は学校に貧しくて通えなかったけど、

子供達には教育を受けさせてあげたい」と

一生懸命畑で働いて子供達を全員学校に通わせていたそうです。

 

ある日、旦那さんも原因不明の病気で

亡くなってしまいました。

 

残された家族みんなで、

どんなに畑を耕しても、収穫時になると

盗まれてしまうことが続き。

 

5人の子供達と

満足に食べるものもなく困っていた時に、

アシャンテママの女性たちの勉強会があると聞いて

生徒として通い始めました。

 

それから、フィロメーナさんがアシャンテママの畑で働き、

5人の子供達を一人で育てていました。

 

子供達も小さな頃から、

遠くまで薪や、わらを集めにいって

頭に乗せて一時間以上もかけて運び、

路上で売ってわずかなお金でも

家計をいつも助けていました。

 

旦那さんが亡くなってしまったとき、

一番上の子は中学2年生で、

中学生になると制服代も高いし、必要なノートの数、

体操着などその他の費用も増えます。

 

制服代が払えない場合、学費が払えない場合は、

アシャンテママで援助をしたり、

子供達も一緒にアシャンテママの畑を耕して

手伝ってくれていました。

 

この男の子が、今回教師養成学校に合格したとのこと。

それで、入学時に必要な制服代、学用品、

手続きにかかる費用などのために

お給料の前借をさせてくださいとのことでした。

 

4人の子供たちは

アシャンテママに通っていますが、

この男の子は、初めて会ったとき、もう中学生だったので

アシャンテママの教室には通っていなかったのですが、

学校の転校手続きがうまくいかず、

学校に通うことができなくなってしまい、

私も7年前ぐらいに学校に一緒に付き添ったことを

思い出しました。

 

フィロメーナさんが、

 

「アシャンテママが何年も支援してくれたから

無事に高校を卒業することができて、

今回学校にも合格することができて。」

 

今回合格した時に、一斉に親せきや近所の人から

賄賂も渡さずに貧しい家庭の子が

合格できたなんて信じられないといわれてしまったそうですが。

 

フィロメーナさん自身は、貧しさなどの理由で

子供の頃、小学校中退してしまっていましたが、

とてもまじめな女性で、今では、

アシャンテママの銀行関係や、入出金のお金の管理

事務所の管理をしてくれています。

 

しっかりしたまじめな女性で、

知り合って8年になりますが、

とても信頼している女性です。

 

そんなお母さんの姿をずっと見ていたからこの男の子も

勉強をとても頑張ったんだろうなぁと思いました。

 

「アシャンテママのおかげで

残された5人の子供達も無事に育って、

本当にありがたいです。もしアシャンテママが無かったら

今頃どうなっていたかわからないです。」

 

フィロメーナさんがよく言ってくれる言葉です。

 

 

皆様のご支援心から感謝申し上げます。

 

 

 

写真:とても嬉しそうなフィロメーナさんです。

(手に持っているのはアシャンテママの出納管理表です)

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

アレルヤ

 

以前ブログに書いたアレルヤ。

 

 アレルヤの体調

 

ずっとこの数か月、病院へ入退院を繰り返していて、

彼女のお母さんは、

悲しくなるぐらい痩せ細り、

歩けなくなってしまった彼女を背中におぶって、

泥道を歩き、教会へ通って祈りを捧げていたと聞きました。

 

先日、アレルヤの具合がとても悪いから

車を使って病院に運びますとルーシアさんから

連絡がありました。

 

ですが病院について翌日には亡くなってしまったと。。

 

ショックを受けていると、

彼女のお母さんが、どうか二千円、貸してほしいと。

 

アレルヤを包む白い布代のためでした。

 

ここでも棺桶はものすごく高価なもので貧しい人は買えないので、

白い布でご遺体を包んだり、ゴザで包んだりして

土葬します。

返さなくていいからと、布代を渡しました。

 

闘病を頑張っていたアレルヤ、

亡くなってしまう数日前に

ルーシアさんがバナナとお米を持って訪ねたときに、

「何か他に食べたいものある」って尋ねると、

 

「これで十分です。ありがとう。。」と言って

その場でゴザの上で横になりながら、

バナナをゆっくり食べていたと。。

 

 

アレルヤが今は天国でゆっくり休めていますように。

 

 

エチオピアの施設でボランティアしていた時と変わらず、

12年が経った今も、子供たちが亡くなっていってしまうたびに、

いつも何かもっとできたんじゃないかと

考えてしまうことを繰り返しています。。

 

 

写真:一番前のピンクの服を着た女の子がアレルヤです。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)
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