大雨

 

 今は雨期の時期です。

 今年は特に雨がひどく、モザンビークの各地で

 雨が降り続く日々、サイクロン、洪水。

 先日のサイクロンだけでも

 まだ正式な統計がとれておらず、 

 1000名以上が亡くなった可能性があると聞きました。

 

 

 最近は晴れる日も増えてきましたが、

 大雨によってこの町でも泥とわらでできたお宅も、

 レンガとセメントでできたお宅も

 崩れてしまった家がかなりありました。

 

 町から少し離れた場所にあるアシャンテママの教室の横、

 見張りのご家族が住んでくれていたおうちも

 壁の一部が崩れてしまいました。

 


 再度頑丈に立て直しをしています。

 誰もケガがなくて何よりでした。

 

 ただその他のスタッフの一人のご家族も、

 数日前の大雨で住んでいる泥の家の壁が崩れて、

 その下敷きになり亡くなってしまいました。

 

 他のスタッフのご家族も、

 トラックの荷台に乗って移動中に、

 3人がトラックから落ちて

 3人とも亡くなったと聞きました。

 

 心からご冥福をお祈りします。

 

 

 写真。アシャンテママの崩れてしまった壁

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

先生の言葉

 

子供たちへの授業が終わったあとの夕暮れ、

働いてくれている先生たちから色々な報告を受けていました。

 

もう何年もアシャンテママで働いていて、

ご寄付を下さる日本の皆様のおかげで

まだ活動を続けさせていただくことができていることを

よく知っているアイーデ先生が、

 

「今食料が一番不足している時期で、

昨日も今日もほとんど食べ物を口にしていない子たちもいます。

ここでのお昼ごはんのときに、

子供達がとても嬉しそうに

ご飯を食べている姿を見るたびに、

ご寄付を下さる皆様に会ったことがないけど、

とてもありがたいです。

空腹の辛さはとてもよくわかるから。。」と。

 

 

前に、先進国に住むある人が、

 

「世界のどっかに、

いつもお腹を空かせている子供達とかがいるって

わかっていても、

コンビニにちょっと行っただけで、もうそのことは忘れちゃうよ。

やっぱり自分の生活で忙しいから。」と。

 

 

そんな中、

小さな活動をしているアシャンテママの存在を思い出して

ご寄付をしてくださる人たちがいらっしゃるということが

本当にありがたいです。

 

深く深く感謝致します。

 

 

写真 モザンビーク北部の町のはずれ

2つ目の教室の子供達。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(0)

現地に到着しております。


おかげさまで、

無事にモザンビークに戻ることができました。

約3カ月滞在する予定です。


アシャンテママで働いてるルーシアさん

数週間前から体調を崩し、

1週間布団に寝たきりで、ほぼ立ち上がることも、

しゃべることもできなくなってしまったと聞いて、

とてもとても心配していました。


病院には2回連れて行っても、

普通の診察をうけてマラリアかどうかの

検査をしただけ、と聞いていたので、

急いでHIV専用の外来に行くように伝え、

そしてやはり、抗エイズ薬の投薬が始まりました。


完治する薬など別の薬ができるまで、

1日も飲み忘れずに、これから生涯付き合っていく薬です。

投薬開始直後は、副作用が強くでてしまっていたようですが、

今は徐々に元気になり一安心しています。

 

アシャンテママで働いているスタッフの何人かも

この薬を飲んで元気に働いています。


栄養のある食べ物を食べて、

どうかどうか変わらず元気に

日々を過ごしてくれたらと思います。

 

また現地での活動の様子

少しずつになってしまうかもしれませんが、

ご報告させてください。

 

コメントも遅くなってしまうかもしれませんが

お返事書かせてください。

ありがとうございます。

 

 

写真:ルーシアさん

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

フィロメーナさんから嬉しい連絡

 

 

モザンビークのアシャンテママで

働いてくれているフィロメーナさんから

「お願いしたいことがあります。」と連絡がありました。

 

お願いは、お給料の前借でした。

理由はなんと息子さんが教師養成学校に合格したとのことでした!

 

 

フィロメーナさんは、

以前、旦那さんと二人で畑を耕し、6人のお子さんがいました。

ただ一番最初のお子さんは、6歳の時に原因不明のまま

亡くなっていってしまったそうです。

 

旦那さんは、

「自分は学校に貧しくて通えなかったけど、

子供達には教育を受けさせてあげたい」と

一生懸命畑で働いて子供達を全員学校に通わせていたそうです。

 

ある日、旦那さんも原因不明の病気で

亡くなってしまいました。

 

残された家族みんなで、

どんなに畑を耕しても、収穫時になると

盗まれてしまうことが続き。

 

5人の子供達と

満足に食べるものもなく困っていた時に、

アシャンテママの女性たちの勉強会があると聞いて

生徒として通い始めました。

 

それから、フィロメーナさんがアシャンテママの畑で働き、

5人の子供達を一人で育てていました。

 

子供達も小さな頃から、

遠くまで薪や、わらを集めにいって

頭に乗せて一時間以上もかけて運び、

路上で売ってわずかなお金でも

家計をいつも助けていました。

 

旦那さんが亡くなってしまったとき、

一番上の子は中学2年生で、

中学生になると制服代も高いし、必要なノートの数、

体操着などその他の費用も増えます。

 

制服代が払えない場合、学費が払えない場合は、

アシャンテママで援助をしたり、

子供達も一緒にアシャンテママの畑を耕して

手伝ってくれていました。

 

この男の子が、今回教師養成学校に合格したとのこと。

それで、入学時に必要な制服代、学用品、

手続きにかかる費用などのために

お給料の前借をさせてくださいとのことでした。

 

4人の子供たちは

アシャンテママに通っていますが、

この男の子は、初めて会ったとき、もう中学生だったので

アシャンテママの教室には通っていなかったのですが、

学校の転校手続きがうまくいかず、

学校に通うことができなくなってしまい、

私も7年前ぐらいに学校に一緒に付き添ったことを

思い出しました。

 

フィロメーナさんが、

 

「アシャンテママが何年も支援してくれたから

無事に高校を卒業することができて、

今回学校にも合格することができて。」

 

今回合格した時に、一斉に親せきや近所の人から

賄賂も渡さずに貧しい家庭の子が

合格できたなんて信じられないといわれてしまったそうですが。

 

フィロメーナさん自身は、貧しさなどの理由で

子供の頃、小学校中退してしまっていましたが、

とてもまじめな女性で、今では、

アシャンテママの銀行関係や、入出金のお金の管理

事務所の管理をしてくれています。

 

しっかりしたまじめな女性で、

知り合って8年になりますが、

とても信頼している女性です。

 

そんなお母さんの姿をずっと見ていたからこの男の子も

勉強をとても頑張ったんだろうなぁと思いました。

 

「アシャンテママのおかげで

残された5人の子供達も無事に育って、

本当にありがたいです。もしアシャンテママが無かったら

今頃どうなっていたかわからないです。」

 

フィロメーナさんがよく言ってくれる言葉です。

 

 

皆様のご支援心から感謝申し上げます。

 

 

 

写真:とても嬉しそうなフィロメーナさんです。

(手に持っているのはアシャンテママの出納管理表です)

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

アレルヤ

 

以前ブログに書いたアレルヤ。

 

 アレルヤの体調

 

ずっとこの数か月、病院へ入退院を繰り返していて、

彼女のお母さんは、

悲しくなるぐらい痩せ細り、

歩けなくなってしまった彼女を背中におぶって、

泥道を歩き、教会へ通って祈りを捧げていたと聞きました。

 

先日、アレルヤの具合がとても悪いから

車を使って病院に運びますとルーシアさんから

連絡がありました。

 

ですが病院について翌日には亡くなってしまったと。。

 

ショックを受けていると、

彼女のお母さんが、どうか二千円、貸してほしいと。

 

アレルヤを包む白い布代のためでした。

 

ここでも棺桶はものすごく高価なもので貧しい人は買えないので、

白い布でご遺体を包んだり、ゴザで包んだりして

土葬します。

 

 

闘病を頑張っていたアレルヤ、

亡くなってしまう数日前に

ルーシアさんがバナナとお米を持って訪ねたときに、

「何か他に食べたいものある」って尋ねると、

 

「これで十分です。ありがとう。。」と言って

その場でゴザの上で横になりながら、

バナナをゆっくり食べていたと。。

 

 

アレルヤが今は天国でゆっくり休めていますように。

 

 

エチオピアの施設でボランティアしていた時と変わらず、

12年が経った今も、子供たちが亡くなっていってしまうたびに、

いつも何かもっとできたんじゃないかと

考えてしまうことを繰り返しています。。

 

 

写真:一番前のピンクの服を着た女の子がアレルヤです。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

強盗に入られないためのドア

 

先日、ルーシアさんが近所の路上マーケットに行ったときに

知り合いの10歳ぐらいの女の子をみかけたとき、

女の子の顔がひどく腫れてしまっていて。

 

どうしたのか尋ねてみると、

夜中に強盗がやってきて、家族みんなで暴行を受けたと。

 

強盗たちは、斧でドアを壊してはいってきたようで、

銀行からおろしてきたお金を出すように要求したそうです。

 

その日の昼間、確かに家族の一人が

町中にある銀行からお金をおろしていて。

 

昼間、銀行から後をつけられて、

夜中になるのを待って入ってきたようでした。

 

強盗たちは銃も持っていて、

命乞いをして、命だけは助けてもらったそうですが、

ひどい暴行を受け、家族の何人かは病院に入院していて。

 

この10歳の女の子ですら一緒に暴行をうけてしまって。

 

恐ろしい思いをした、

ご家族みなさんが早く完治しますようにと

思っています。

 

 

アシャンテママのお金の管理をしてくれている

ルーシアさんたちも、

どうか危険な目に合ってしまわないようにと

いつも願っています。


 

写真は、

アシャンテママの教室の敷地内に住んでくれている

ルーシアさん、ルーシアさんの親戚の子供達が

眠る部屋です。

 

ドアを斧で壊されてしまわないように、

鉄格子をつけさせていただきました。

 

これがあるだけでだいぶ

安心するといっていました。

 

来月現地に行くとき、頑丈なタイプの南京錠を

こっちで買って持っていきたいと思います。

現地に着いたら、

安全対策の強化ももっとしっかりしていきたいです。

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

お正月にお米を渡したときの動画と写真

 

お正月、

みんなの大好きでみんなにとってはとても高価な食べ物のお米、

一人3コップずつ渡させていただきました。

 

みんなとてもとても喜んでいたそうです。

 

雨期に入ったこの時期は、

家族に連れられて町を離れ、

遠く離れた村やブッシュの中で

畑を毎日耕して生活をしている子供達が多いです。

 

その子たちには、町に戻ってきたら

渡させていただきます。

 

温かいご支援、心から深くお礼申し上げます。

 

 

※動画です。音がでるのでご注意ください。

 

 

 


 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(3)

畑の犯人たちのその後

 

 

以前に書いた畑を占領してしまった強盗集団。

 

その中の数人と現地に行ったときに話し合いましたが、

結局アシャンテママの畑は諦めたことを書かせていただきました。

 

畑の土地問題(続き)

 

 

ある夜、この強盗たちは、

ある女性がたまたま一人で家にいた日を狙って

強盗に入り、泣き叫ぶ彼女に暴行を加え、

マットレスなど家財道具を奪っていったそうです。

 

その家から物を奪って逃げていったとき、

この女性は、気丈にも外に出ていき、

彼たちの名前を叫んだそうです。

 

逃げる途中にその声が強盗たちの耳に入り、

その女性のとこに大激怒して引き返し、

さらに暴行を加え

殺してしまったそうです。

 

近所の人たちは全て聞こえていたけど、

怖くて助けに出てはこれなかったと。

 

その同じ夜、また別の家にも入り、物を盗んでいって

でもその被害男性は、生き延びて

すぐ次の日に被害を警察に訴えたそうです。

 

警察も彼たちの家に行き、盗んだものがあるのを確認し、

殺された女性が彼たちの名前を叫んでいたことも近所の人から聞き、

彼たちは警察に捕まったそうです。

 

具合の悪いアレルヤの様子を

見に行った帰りに、ルーシアさんも

ちょうど、アシャンテママの教室の前を警察に連行されて連れていかれる

彼たちをみたそうです。

 

殺されてしまった女性が不憫でなりません。

 

強盗集団の全員が捕まったわけではないこと、

もしかしたら全員すぐに釈放されてしまうかもしれないこと、

他にも強盗をする人たちはいるので、

ルーシアさんたちの身の安全もとても心配です。

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

子供たちのノートの写真

 

モザンビーク政府の学校では、

小学校から学年によって進級テストがあります。

テストに合格しないと落第制度で

かなりの子供達が落第してまた同じ学年をやり直します。

 

 

アシャンテママで政府の小学校への入学援助サポートをして、

今年から通えるようになった子達の多くは、

自分の家族で誰も公用語(ポルトガル語)が話せず

読み書きもできないご家庭の子達が多いです。

 

まだまだポルトガル語でのやりとり、

読み書きは難しくて

ゆっくりゆっくり覚えていっています。

 

もう何年もアシャンテママに通っている子達は、

この進級テストを受ける必要がないぐらい優秀で

担任の先生から「受けなくても良い!」と言われ

そのまま進級できる子達もいます。

 

勉強が得意な子もそうではない子も、

みんなが勉強を続けられるように

できる限りサポートしていければと思います。

 

いつだったか誰かに、

「かわいそうだと思って、

 ずっと子供達をサポートしているんですか?」

と聞かれたことがありました。

 

その時、なんて答えたのか覚えていないのですが、

多分、12年前エチオピアで医療ボランティア、

モザンビークの病院や、アシャンテママの何人かの子供達、

たくさんの若い子たちの短い人生が終わっていく姿をみて、

「もしも自分がこの子だったら。。」と思って、

それが今も続いているただそれだけのような気がします。

 

ありがたいことに皆様からのご支援で活動も続けられていて。

 

心から深く感謝致します。

 

 

 


栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)

ルーシアさん。

 

アシャンテママで働く私と同年代のルーシアさん。

 

ルーシアさんは、約8年前に、

アシャンテママの女性たちの教室に通ってきていたひとりでした。

 

ルーシアさんがアシャンテママの教室に通っていたとき、

いつも同じボロボロの服を着ていて、はだしで、

やせ細った体に、やせ細った赤ちゃんを抱えていました。

 

しっかり住む場所がなく、母乳も出ず、薄汚れた哺乳瓶をいつも持って、

その地域で物乞いのようなことをして歩いていた女性、

と聞いていました。

 

元々近くの村に住んでいて、今まで6人出産したけど、

1人は産まれてすぐ、他の4人は、2歳ぐらいになる前に

次々と死んでいってしまって、

最後にひとりだけ残った赤ちゃんと暮らしていたそうです。

 

この赤ちゃんがお腹にいる頃に旦那さんも亡くなり、

なんとか生まれた、赤ちゃんも弱ってきてしまって、

今までの子供たちのように死んでしまわないように、

この町の病院に来るために、急いで自分の村を出てきたと。

 

栄養失調、感染症などで弱ってしまって痩せこけた赤ちゃん、

入退院を繰り返していて。。。

 

村までの病院の診察に行き来する乗合ワゴン、トラックの荷台(バス)に乗れるほど

お金は持ってなく、町の知り合いの家などを赤ちゃんと二人で、

転々として、水汲みや薪割り、その人たちの家の家事をして、

崩れそうな泥とわらの小さな家に住まわせてもらっていました。

 

ルーシアさん自身も8歳ぐらいの頃に、もう両親が亡くなって、

親戚の家に引き取られて育てられた女性です。

 

女性の勉強会がある朝、

冷え込みが厳しい寒い冬の朝でも、ルーシアさんは、

誰に言われたわけでもないのに、一番に早く来ていました。

 

そしてわらの勉強小屋の周りを、

自分で木の枝を集めて作ったほうきで掃いてくれていて、

ゴミを拾ったり、

水汲みなどもいつも自然と手伝ってくれていました。

 

それに、他に困っている女性たちのことを、

いつも気にかけている優しい気持ちを持っているなぁと、

日々接する中で思っていました。

 

当時、アシャンテママのスタッフは、

数人の高校に通う女性たち(と言っても私より年上だったり)

同年代の子たちを雇っていました。

 

ですが、このスタッフの女性たちは、

アシャンテママの教室に通う貧しい女性たちと挨拶するときに、

「呪いをかけられそうだから握手したくない」と嫌がったり、

その他の言動に諸々不安に思う点があったので、

逆にルーシアさんに働いてもらったらどうかな?

と思い始めました。

 

ルーシアさんは、子供の頃、小学校4年までは学校に通ったことがあって、

少しだけポルトガル語が話せて、

自分の名前や簡単な単語なら読み書きができる女性でした。

性格もとてもまじめで、正直で優しくて。

 

ルーシアさんが住まわせてもらっていた家族と

うまくいっていないと聞いていて、

そんな時、ルーシアさんが寝泊りしていた小屋に強盗が入り、

ルーシアさんは、暴行を受け、赤ちゃんも壁に投げつけられて、

持っていたお豆なんかを強奪されたと聞いて。。。

 

それを聞いて、すぐにお見舞いにいきました。

 

受けた暴行がひどすぎて、立てなくなって寝たきりのままで

薄暗くて狭くて、湿ったような土の上に

布だけひいた小さなぼろ小屋に

赤ちゃんと横たわっていました。

 

 

ちょうどその時期に、

アシャンテママの教室を移動しなくてはならなくなり、

急遽みんなでわらの教室を解体して新しい土地を見つけ、

新しいわらの教室を作りました。

 

そこには、小さな家もあって住む人がいたらいいなと思っていて、

ルーシアさんに聞いてみると「ぜひ住ませてほしい」と。。

 

それが、もう7年前ぐらいのことです。

 

今でも変わず、アシャンテママの教室の場所に住みながら、

リーダーになりしっかり働いてくれています。

 

アシャンテママの教室がない日でも、

お腹がすかせた子供達が教室に来たり、

親せきの家に預けられていて、

家にいると暴力やひどい言葉を浴びせられている子供達が、

教室に自然に集まってきていて。

 

ルーシアさんはいつも自分の食料をみんなに分けていて、

「アシャンテママの予算からそういう子供たちが来たら

食費として使っていいからね。。」と伝えても、

使わずに自分の食べ物を分けてあげていてばかりで。

 

誰かが病気で寝込んでいると聞けば、

いつも気にかけてお見舞いに行き、

水汲みなんかなんでも手伝ってあげていると、

他の人たちからいつも聞きます。

 

悲しい現実が多い場所でルーシアさんの存在に

みんなものすごく救われていると思います。

 

仕事のうっかりミスのことや、

あーでもないこーでもないと、色々話すこともありますが、

現地を離れて暮らす私自身、お金の管理を含め、

ルーシアさんの存在にとても助けられています。

 

数年前、彼女の唇に炎症があり、ずっと治らずにいて、

もしかしたらと思い、検査を受けてみたらどうかな。。と聞いて、

彼女も「受けたい」と言って、病院に付き添いました。

 

結果、HIVに感染していることがわかりましたが、

ルーシアさんは、他にも感染がわかって落ち込む女性たちに、

温かい言葉をかけて、とても前向きで。

 

ルーシアさんに知り合えて私も多くのことを彼女から学びました。

彼女の存在がとてもありがたいです。

 

何年も一生懸命働いてくれていて、感謝するとともに、

色んなことを乗り越えてきたルーシアさんが

幸せであることをいつも願っています。

 

 

写真

 

畑で働いてくれていた女性へ、お給料の支払いをしているルーシアさん(ピンクの服)

 

 

子供達へプレミオの日、手を振るルーシアさん(右下)

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(7)
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