元級友とイザキのこと。


以前通っていたモザンビークの医療学校の

クラスメートがまた一人亡くなってしまったと連絡がありました。


亡くなってしまった原因は

彼が村の医療センターで勤務中に

武装した男たちに5、6人が銃殺され

その中の1人だったそうです。


約2年前には、

モザンビークで内戦状態になってしまった地域にある

病院や医療センターで、毛布、シーツ、薬品、

手術器具を盗むために

反政府軍の武装した人たちが押し入って

略奪が起こっていました。


でも今はありがたいことに内戦状態ではなくなって

しばらく経ち、安心していたところでした。


なのに、どうして。。と思ってしまいます。。

(犯人たちは凶暴な強盗たちという人もいるし、国内メディアではイスラム過激派の犯行ではと報道していました。)


殺されてしまった彼は、

私のすぐ後ろの席に座っていて

まじめで物静かな人でした。


村の医療センターで働きながら

結婚して子供が一人生まれたと以前

聞いていました。


殺されてしまった彼たちのご冥福をお祈りするとともに、

とても悲しい気持ちと

なんでこんなことが起こるのだろうという気持ち、

残された彼たちのご家族の気持ちを想い、胸が痛くなりました。

 

アシャンテママの教室に通っている

イザキという10歳ぐらいの男の子も、

数か月前に亡くなりました。


イザキは、ブッシュの中で1か月間大勢の子供たちで

寝泊まりする割礼の儀式で

そこで体調を崩して亡くなったそうです。


その儀式にいる間の1カ月間は、

たとえ体調が悪くなっても

抜け出すことは許されないとも聞きました。


イザキはご両親を小さい頃に亡くし、

おばあさんに引き取られて

何にもないわらと泥のうちで、水汲み、薪拾い、畑を耕して

幼い兄弟の面倒をみて日々暮らしている子でした。


アシャンテママで鉛筆の握りかたから覚えて

やっと政府の学校にも入学手続きを済ませて、という時でした。

とてもとても悲しいです。。


どうかイザキが今頃、

天国でご両親と会えてみんなでゆっくり出来ていますように。。


残されたイザキの幼い兄弟たちに

今後も支援を続けさせていただきたいです。


厳しい家庭環境にある子達や

父親も母親も亡くしてしまっている子供たちには

一緒に働いているスタッフに家庭訪問を頻繁にしてもらったり、

私も今は遠くからですが、

今後も特に気にかけていこうと思います。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

子供たちの成長

 

協会の子供たち、在籍約500人以上の子供たちが

アシャンテママの場所に通ってきています。

 

半年以上ぶりに会うみんなが

変わっていないようで成長しているような気もしました。

 

5年前ぐらい前、一人の女性が家で赤ちゃんを

産み落としたと連絡が入った時

私とルーシアさんで急いでその女性と一緒に病院に運んだ

砂まみれの赤ちゃん、小さな小さな赤ちゃんでした。

 

その子のお母さんはしばらくして亡くなってしまいました。

お父さんも行方不明で、

親戚のうちに預けられながら

お兄ちゃんたちに連れられて

その子は赤ちゃんの頃から

アシャンテママに通っていました。

 

2年ぐらい前から

お兄ちゃんたちと別々の親戚のうちに

引き取られてしまったと聞きました。

 

その後どうしているか元気にしているか

心配して親戚のお宅を時々訪れていたのですが、

今回、成長してそれぞれ15歳、10歳、4歳になり

村から戻りアシャンテママにまた通いだしていて

再会することができました。

 

15歳の男の子、出会った頃は、

戸籍も学校にも通っていない子でしたが

今も勉強を続けていて

身長も伸びていて

しっかりした男の子になっていて

とても嬉しかったです。

 

皆様のご支援で

今もこうして続けさせていただいている活動ですが、

こういった子達の成長のお手伝いが

今後ともできればと思っております。

 

ご支援いつも本当にありがとうございます。

 

 

写真

 

産まれたときは砂まみれの小さな赤ちゃんでしたが

今はこんなに大きくなりました。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(1)

豚小屋の見張りの男性

 

協会の豚小屋の見張りとして

豚小屋の近くの家に家族で住んでいてくれていた男性。

 

 

畑の土地の土を勝手に掘り起こして

トラック一台分の土(500円相当)を売ってしまって

畑がぼこぼこになってしまったり、

畑で働く女性たちと些細な事で

いつも口論になってしまったり。

 

そのたびに注意して、なだめてを

一緒に働いてくれているみんなとしていました。

 

月に1回ある、協会で働くみんなで開く集まり(会議)で

別の見張りの人を探したほうがいいんじゃないかっと言う意見もありながら

結局誰にしても変わらないんじゃないって意見もあり、

「もうしません。」と言って謝罪をして

物を誰かに売ってしまったときは、そのお金を返金して

そのまま働いていました。

(ここでは見張りの人が逆に物を盗むことはとても良くあることなため)

 

ついにこの前、

協会で一生懸命育てている豚を一匹

売りさばいてしまったそうです。

 

そのことをルーシアさんたちが問いただすと、

逃げて行ってしまったそうです。

 

数日後には、夜中に泥棒として戻ってきて、

豚2匹、犬(名前はもみじ)、自転車、除草剤の道具、くわ、なた、お鍋、

とんかち、懐中電灯、長靴などの協会備品を盗んでいきました。

 

彼が逃げてしまってから代わりに見張りの小屋で

住んでいてくれていた青年まで

一緒にいなくなってしまったので

青年の身を心配していましたが、

実はグルだったようです。。

 

彼はきっと何か不満だったのかな、

もっとこうすれば、ああすればよかったのかな、

などぐるぐる頭に回り始めて落ち込みました。

 

かわいがっていたもみじ(犬)も連れ去られてしまった

こともとてもショックで、空腹ではないかな、

痛めつけられてないかな、

どうかどうか餌を与えてくれる人に

売られてくれればと願っていました。

 

しばらくしてもみじが自力で戻ってきたと聞き、

とても嬉しかったです。

 

そして彼はまた残った豚たちを盗みに

仲間集団で夜中に現れて、

でも新しく働いてくれている見張りの人が

大声を出して石を投げて応戦したら逃げて行ったそうです。

 

一緒に働いてくれていた人が逆に盗みに戻ってくることは

ここでもよくあることではありますが、

なんだか色々考えさせられました。

 

そして見張りの人が

強盗たちに殺されてしまうこともあるので

電気がまだない地域なので、

「もしも強盗たちが来たら

家の中から出なくていいから、命が一番大切だから」と

いつも伝えています。

 

豚も数匹売れて、

今は子豚も含めると20匹育てています。

 

ただ強盗や泥棒がいつ来てもおかしくないし、

見張りとして小屋のそばに住んでくれている

ご家族のことも心配でこのまま続けていいのかと

考えてしまいます。

 

 

写真 豚小屋の子ブタたち

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(13)

モザンビーク協会授業中写真

 

 

 

 

 

 

写真1枚目 協会の授業中(モザンビーク)

 

写真2枚目 2時間休憩なしで授業をしてしまって

      少しお休みタイム中

 

写真3枚目 まだ小さい子供たちもノートが欲しいと言って

      文字を覚え始めたところ

 

 

 

 


 

 

 

 

 


栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(3)

モザンビーク協会授業写真➀

 

 

写真1枚目から3枚目

モザンビークの協会の子供たち

 

写真2枚目

 

1か月休まずに通った子に渡しているプレミオで

鉛筆/ペン をもらえた日。

 

 

 

 

 

 


 

 

 


栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)

協会の子供たちのお宅の写真

 

 

写真1枚目

 

モザンビークの協会の子供たちのお宅の写真です。

 

家の壁は泥を固めたもの(大雨が降ると崩れてしまったり

泥棒が壊して入ってくることもある)

屋根は竹の枠組みとわらをのせます。

台所は家のすぐそばで薪で火をおこします。

かぼちゃのお昼ご飯を食べているところです。

黄色いパーカーはルーシアさん。

 

 

写真2枚目

マラウィのおばあちゃん。

 

マラウィでも両親あるいは、母親が亡くなり

おばあちゃんに引き取られて

育てられている子供たちがとてもたくさんいます。

 

 

 

 



栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(7)

教室の中の様子の写真

 

2つめの勉強小屋の教室の中の様子です。

 

7月は寒い冬の時期ですが、

雨も風もこのレンガの教室で

しっかり防げています。

 

ご支援心からお礼申し上げます。

 

 



 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

わらの勉強小屋からレンガの教室にさせていただきました。

 

 

モザンビークの1つ目の勉強小屋は2010年から

2つ目の勉強小屋は、

2015年から始めさせていただきました。

 

この2つ目の勉強小屋がある集落は町から離れた

集落で学校に行かずにいる子達が多くいます。

 

ここの多くの子供たちも、家族の食べ物を得るため、

水汲み、薪運び、幼い兄弟の世話や、

人里離れた遠くのブッシュに入っていって

学校には通わずに畑を耕して子供時代を

過ごしている子供たちがかなりいます。

 

今ではこの2つ目の勉強小屋に111人の子供たちが

通ってきています。

 

そして毎年、一人でも多くの子供たちに教育の機会をと思い、

政府の学校に入学する手続きを手伝っています。

 

16、17歳で晴れて小学一年生になり

鉛筆の持ち方から習っている子たちもいます。

 

そして今年に入り、

みんなで大切に使っていた、

わらでできた協会の教室が

大雨や突風でわらでできた壁や

屋根が飛んでいってしまいました。

 

わらの教室から頑丈なレンガの教室を

建てさせていただきました。

 

トラックを借りて

レンガを運搬してもらうのは高額なので

幸いレンガを売っている場所が近くにあったため、

頭に乗せて子供たちみんなで運びました。

 

6歳ぐらいの中でも痩せた体の小さな子たちも、

3つずつ頭に乗せて運んで

他の子供たちも

体の大きさに合わせて頭に乗せれるだけ

レンガを乗せて運びました。

 

 

子供たちみんなで

何日かかけて一人何十往復もして

新しいレンガの教室を楽しみにしながら運び、

 

レンガのほかにもセメント、砂、木の幹、鉄の棒、

トタン屋根、毎月少しずつ買いそろえて、

良心的な値段の地元のレンガ積み職人さんに

お願いして完成しました。

 

子供たちも雨漏りもしない、突風も怖くない

ぎゅうぎゅう詰めじゃない

新しい勉強小屋(教室)に

とても喜んで勉強に励んでいます。

 

 

温かなご支援、心からお礼申し上げます。

 

 

 

写真1枚目  わらだった勉強小屋

  2枚目  数日前に完成した立派なれんがの教室

 

    ご支援本当に本当にありがとうございます。

 

 

 


栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(7)

主食の乾燥トウモロコシの収穫時期

 

 協会の畑で今年も乾燥トウモロコシの収穫が無事に

 終わりました。

 

 乾燥した白いトウモロコシの粒は硬くて

 芯から取るのにかなり力がいります。

 

 写真

 1枚目

 協会の子供たちもみんなで授業の後に

 手伝ってくれます。

 

 2枚目

 地面に落ちたトウモロコシの粒を

 小さい子達も拾ってくれています。

 

 3枚目

  みんなでトウモロコシを運び中

 


 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(9)

手作りのお人形

 

ブログの更新がおかしくなってしまって

いました。

申し訳ないです。

 

 

モザンビークもマラウィも

乾期に入って砂埃の時期に入りました。

 

これから7月、8月に向けて

だんだん寒くなっていきます。

 

モザンビーク側に戻ると

悲しいニュースを一度に聞きました。

 

一緒に働いてくれているスタッフの

20歳前半の奥さんが亡くなり、

もう一人のスタッフの7歳の甥っ子が亡くなり、

2つ目の勉強小屋で見張りをしてくれている

男性のまだ3歳だった孫の女の子が亡くなり、

うちのすぐ隣に住む、いつも見かけていた

10歳の女の子が亡くなっていました。

 

別の近所の男性は、兄弟を殺してしまっていました。

どうやら畑から作物を勝手に兄弟に収穫されて

殺してしまったようです。

 

嬉しかったことは、

紛争地域が停戦状態に入り、

このまま紛争は終わると言われていること、

(周辺国に難民として逃げていた人たちも

無事に戻ってきているようです。)

協会の勉強小屋の子供たちが元気に

勉強をしている姿を変わらず見れることは

嬉しくてほっとします。

 

いつもご支援本当にありがとうございます。

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)
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