隣の州の状況の悪化

 

3年前以上から紛争が続いている莫大な資源のある隣の州。

 

2か月前のある報道では、襲撃者たちはジャングルの中に隠れていて食糧不足で死に絶えているとの報道もありましたが、襲撃は断続的に続いていて、

 

今まで2500人以上が殺害され、70万人が自分の住んでいた町や村から避難していて、その中の多くの人たちは着の身着のまま逃げて、襲撃者たちに怯えながらブッシュに身を隠し、空腹に耐えながら2週間近く歩き続け避難した人々などの話が報道されています。

 

先月末、ある町が襲撃された際、多くの現地の人々、それに外国人も12人殺されたと、「みんな手を後ろで縛られて斬首されて殺されていた。出身国はわからないけど、白人だった」と、遺体の腐敗が進み、地面に遺体を埋めてあげた人がインタビューに答えていました。

 

3年前から多くの村や集落で続いているこの襲撃で、多くの人々が目の前で自分の家族や知り合いなどが斬首される現場や、道に放置されている頭部のあったりなかったりする遺体、燃やされてしまった人々などの多くの遺体を目撃していて、町全体が死臭のようなものに包まれてしまったと話す女性等の多くの証言が報道されています。

 

以下のニュースは最近のものになります。

 

武装勢力が町を襲撃、戦闘続く モザンビーク

(CNN)

IS、モザンビークの町掌握と発表 住民脱出で町内ほぼ無人に

イスラム武装勢力の攻撃激化 モザンビーク

(AFPBB)

 

アシャンテママで支援する多くの遺児の子供たちの中にも、この続いている襲撃で父親を殺されてしまった(母親も出産の際に死亡)4歳の男の子もいます。

 

様々な環境で日々暮らす遺児の子供たちを一人でも多くサポートできればと思っております。

 

ご支援をして下さる皆様心からお礼申し上げます。

 

1日も早く恐怖や苦しみの中で過ごす人々などが減ることを願うばかりです。

 

栗山さやか | 国などについて | comments(3)

隣の州で起きている紛争の現況

 

2017年から始まり徐々にひどくなっていて、約2000人以上が殺害されたと言われている隣の州の紛争も、まだ状況の改善は見られておらず。。(以前このことについて書いたブログ「資源のある地域で起こっていること」)

 

紛争地帯から逃げ出したボートが沈没して、40人以上が亡くなってしまったニュース(毎日新聞の記事)や、

 

やっとの思いで乗ったボートは定員オーバーで何十人もぎゅうぎゅう詰めで、エンジンなどもなく3〜4日間漂流し、びっちり人が座ったボートの上で、下痢嘔吐に苦しみながらそのまま亡くなっていってしまった女の子もいたというニュースなど。

 

本当かどうかわからないので書くのは控えますが、現地で起こっている多くのぞっとする話も頻繁に耳にしていました。

 

その隣の州にある小さな村で育った一緒に働くスタッフがいて、

今も親戚が暮らしていると聞いていたので、その村が襲撃されてしまっていないか、私も心配していました。

 

そのスタッフから「その村は紛争地域から離れているから大丈夫」と10月の時点で聞いていたのですが、ついに先月、その村の近くのブッシュの中で、通過儀礼(割礼儀式で男の子たちが1か月ほどブッシュの中にこもって行われることが多い)をやっていた男の子たちと指導者たちが襲われ、20人以上が首を切断され殺害されてしまったと、親戚からの連絡があったそうです。(日本語の記事にもなっています

 

また別の村でも、逃げようとしていた人々をサッカー場に集め、50人以上が斬首されたと、BBC NEWS JAPANの記事が伝えています。

 

その恐怖から、彼の親戚を含めその村や周辺の地域の人々もみんな、ブッシュの中を飲まず食わずで隠れながら必死でひたすら走って逃げ、南アフリカの軍隊のヘリコプターで運ばれるなどして、今はそれぞれ別の町、州都に逃げて親類の家に身を寄せているようです。

 

国連が現地政府と協力して、逃げてきた人々(累計で50万人を超えたといわれている)のために、周辺の州を含めて難民キャンプや新たな村を作っているとのことです。

 

スタッフの家族も国内避難民としての登録等が終わり次第、私たちのいる州に移動する予定で、できる限りサポートをさせていただければと思います。

 

他の国々でもよく言われてきた「資源の呪い」と言われているようなことが、ここでも起こってしまったと感じ、とても悲しく思います。

 

栗山さやか | 国などについて | comments(2)

闇の部分

 

あるとても大きな国際組織、難民援助などのセクターで長年働き様々な国々に派遣されているウガンダ出身、エジプト出身、エチオピア出身、この団体で有償ボランティアをされていてモザンビーク北部の紛争地域難民問題対応のためにモザンビークに派遣されている南スーダン出身の女性と話す機会がありました。

 

戦争のこと、国際援助のこと、政治のこと、各国の権力を持った人々のこと、実際に現地で起こっていたこと、起こっていること、よく耳にする話でしたが、やっぱりまたこういった話を聞けば聞くほど闇の部分がはっきり見えたような気がして悲しくなりました。

 

「先進国のある国から派遣された軍隊が現地でしたおぞましいことを、現地の人々はこれから何世代にも渡って忘れないだろう。。」 とも。

 

南スーダン出身の女性が、

 

「誰だってこういう環境の場所に産まれたくなかったよ。夜怯えながら眠るんじゃなくて安心して眠りにつきたい。しっかり働きたいし、お腹空かせたまま眠りたくないし、子供は教育を受けたいよ。国のリーダー、政治が変わらなければ。。」と。

 

色々考えさせられました。

 

サポートしている現地の子供達が無事に大人になった時に、少しでも正しい情報にアクセスできるように、広い視野を持って物事を考えられるようになってくれたらなとも。。。

 

そしてやっぱり困っている人がいたらほんの少しでも助けてあげられたり、苦しみに共感できる人になって欲しいなとも。。

 

アシャンテママの活動としてできることをこつこつと少しでも長く続けさせていただけたらと思いました。

 

ご支援を下さる皆様本当にありがとうございます。

 

【写真】家庭学習を続ける子供達

 



栗山さやか | 国などについて | comments(3)

帰り道

 

アシャンテママのスタッフの一人が日が暮れる前に自宅に向かっていたのに、道端で集団に襲われ、家のすぐ近くだったから叫び声を聞いて助けに来た彼のお姉さんまで暴行を受けてしまったと聞き。

 

大事には至らなかったそうで一安心しています。

 

元々、夜8〜9時過ぎになると道端で襲われることもあるため、そのぐらいの時間以降に外を歩くことはするべきではない、襲われてしまったら、そんな時間に出歩いていた人が悪いと言われることが多い場所ですが、

 

今回のコロナウィルス対策で、夜7時以降に歩いていると警察に殴られてしまうため、みんな日が暮れる頃には家にいるそうです。

 

都市封鎖などをしている国々では、日中に歩いているだけで警察に殴られる国もあるそうなので、それに比べれば今の段階では、まだ規制は緩いのかなと思います。 

 

ただ規制を無視して子供達が外でサッカーをしていて、無理やり中止させて子供達を解散させた警察官たちがサッカーをやり始め、

それを撮影しようとした人が、警察署に連れていかれ暴行を受け遺体で戻ってきたニュースや、

 

3人のモザンビーク人が日本から中古車を買い、タンザニアの港まで車を受け取りに行き、その車を運転してモザンビークに戻る帰り道のマラウィ国内で、「モザンビークからコロナウィルスを持ってきたに違いない」と人々に2人が殺されてしまったニュースなど。

 

その日手に入れたお金でその日食べるものを買う暮らしの人が多くいる国々では、ロックダウンや外出制限のために仕事に行けず、今日食べる食べ物代が稼げない。

 

どこの国でも同じことが言えると思いますが、コロナウィルスの被害だけではなく経済も悪化して、他殺も自殺も家庭内暴力も様々な犯罪も増えていくことが懸念されています。

 

不安なことが多いですが、家庭訪問したときプリントを受け取った子供達の笑顔の写真が送られてきて、ほっとしています。

 

大変な時期にもかかわらずご支援を下さる皆様に心からお礼申し上げます。

 

 

【写真】家庭訪問でプリントを受け取った子供達

 



栗山さやか | 国などについて | comments(2)

影響

 

コロナウィルスがまだ自分たちの地域には報告されていないアシャンテママの教室がある町の人々も、先進国の人ですら多くの人が亡くなっているウィルスがここにもいつか来るとみんなで噂を毎日しているそうです。

 

自分たちのところにきたら、次々とバタバタと動物のように自分たちは死んでいくんだろうと噂していると聞きます。

 

それにウィルスも怖いけど、今も今日、明日の食べ物の心配をしている暮らしなのに、そんな中で、外出禁止などになったりしたら更なるひどい飢えも怖いと。

 

そして、そういう不安の中で、強盗たちが増えていて。

 

今は事務所として使っている私の家にも、それに、アシャンテママの2つ目の教室にも飼育しているヤギを狙って男たちが来たと。

 

昨晩は、ヤギたちがいる小屋の扉の鎖の南京錠を外せなくて諦めて帰っていったそうですが。

 

見張りとして住んでいてくれているご家族に

「もしまた強盗たちが来ても、絶対家から出ないでね。ヤギ全部持ってかれていいから。自分たちの身に危険だけは絶対ないように。」と伝えました。

 

これから、経済も悪化して、世界中で治安もさらに悪くなる地域が増えると思います。

 

どうか安全な夜を世界中に住む人々が過ごせているように願うばかりです。

 

栗山さやか | 国などについて | comments(2)

友人からのメッセージ

 

アフリカで何年か働いていたことがあるインド人の友人からのメッセージが送られてきました。

 

The “hunger” virus kills about 8000 children a day and the vaccine for it exisits, its called “food” , but you wont hear that in the madia , do you know why? Because “hunger” does not kill the rich.

 

「飢餓と言うウィルスは、8000人の子供達も1日あたり殺している。これには、予防接種があって、それは、食べ物と呼ばれるものです。でも、あなたたちはメディアでそれを聞くことはないでしょう。なんでかわかりますか?それは、飢餓は金持ちたちを殺さないから。」

 

アシャンテママの子供達も今は食べ物を手に入れるのが厳しい時期で、学校には通えず、アシャンテママの教室にもこれず、遠く離れた奥地の畑で一生懸命畑を耕して数が月後に食べれる食べ物を育てている子供達が多いです。

 

アシャンテママの教室に来れている子達も、この時期は、お腹がすいてふらふらしながら通ってきていると。教室が無い日は、家で1日1回だけ、小さなお芋を食べれるだけの子達もいると聞いています。

 

アシャンテママの教室の給食の野菜ご飯も、お皿に入ったお米、一粒も残さずにみんなきれいに食べ、お鍋を洗う前に、調理した大きなお鍋の底についているおこげを少しでもはがして、着ている服の袖に隠して、夜晩御飯として食べるために持って帰ったり、お腹を空かせている家族に持って帰ろうとしたり。

 

アシャンテママの活動は皆様からのご支援で活動ができているため、少しでも無駄遣いがないようにと思っておりますが、この食料がどうしても厳しい時期、お米一コップ分を一人ずつに支給し、みんなおうちで家族と少しでも空腹を満たすことができればと思っております。

 

いつもご支援本当にありがとうございます。

 

 

 

栗山さやか | 国などについて | comments(3)

コロナウィルス

 

アシャンテママの教室があるモザンビーク、マラウィには、コロナ感染者は今現在は報告されていないそうです。

 

先月上旬のニュースでは、「約54か国、10億人ほどが住むアフリカ大陸では、2ヵ所(南アフリカとセネガルに1ヵ所ずつ)しか検査できる場所がなく、今後増やしていく」と伝えていました。

 

1か月以上経った今は、検査がそれぞれの国で出来るようになったのか、それともまだ他国に検体を輸送しなければならないのか、後日モザンビークの病院で働く友人に聞いてみます。


モザンビークに住む別の友人と電話で話していた時に、

 

「先進国でも、ウィルスで多くの方が亡くなってみんな大変と聞いたよ。日本は大丈夫?」

 

「こっちも飢餓もあるし、他の感染症などたくさんあって、小さな子供が亡くなるのが変わらずの日常だよ。昔よりは良くなっているのかもしれないけど。」

 

「先進国では、トイレットペーパーやティッシュペーパーをみんな使えているんだね。やっぱり財力が違うね。」

 

「もしこっちで外出禁止令が出ても、食料など少しでも買い占めしたくても、貧しい人たちは今日食べる物にも困っているのに、そんなお金ないし出来ないよ。どうなるんだろう」と。

 

 

やはり気温が高かったりすると、ウィルスの体外での生存期間が短くなり、感染力をそれなりに抑えられているようです。

 

今は雨期で気温も高いですが、これから乾期、冬に向かう南半球にあるアフリカの国々での感染が、とても心配です。


私も現地に向かう予定でしたが、今移動して空港や機内で感染してしまって、それを現地に持っていてしまうことがあったらいけないと思い、もうしばらく渡航を控えようと思っています。

 

 

世界中の人々が安心して早く暮らせるようになりますように。。

 

 

 

【写真】休み時間中のアシャンテママの子供達

 

 

栗山さやか | 国などについて | comments(0)

2冊目の本への補足とよく聞かれるご質問(青年海外協力隊についてJICA)

 

5年ほど前になりますが、金の星社さんから2冊目の本《ひとりではじめたアフリカボランティア》を出版させていただきました。ありがたいことに、一時帰国した際に本の感想をくださる方もいらっしゃいます。


そして読んでくださった方から時々、「モザンビークってものすごく貧しくて危険が多い国なのですね。」と言われてしまうことがあり。。。そのことについて大変申し訳なく思います。


この本はモザンビーク全体について記したのではなく、主に私が暮らし活動していた北部の一つの町(首都から2000キロ離れた州)における、自分の周りで起こった現実だけを書いたものでした。

 

 このブログ、講演会等で私が現地で経験したことを話す内容によって、モザンビークという国全てに悪いイメージのみを持たれることはないようにお願いさせていただけたらと思います。


日本の約2倍あるモザンビークの広い国土には、自然が織りなす絶景や世界遺産、それに多くの資源もあります。首都マプトには、とても優雅で洒落たレストランや外資系のファストフード店、立ち並ぶビルや高級ホテル、インターナショナルスクール、立派な教会やモスク、大邸宅、活気溢れる市場があり、笑顔でフレンドリーな人々や、優秀なビジネスマンやビジネスウーマン、高学歴な人々も大勢暮らしています。また開発が進んだ海外沿いの都市には、安全なリゾート地も多くあり、魚介類の美味しい食事や美しいビーチを満喫できます。


モザンビークにはこういった光景が普通に存在し、多くの日本人の方々も特に不自由することなく生活されていらっしゃることと思います。

 

あとよく聞かれるご質問の中に、「青年海外協力隊(JICA)に応募しようと思っていますが、安全面、待遇面、将来性を踏まえどう思いますか?」というものがあります。


青年海外協力隊として派遣される場合、現地での生活に対し心配し過ぎる必要はないと思います。


現地での移動手段、勤務地、居住地などは安全面を充分に考慮したうえで、手厚くサポートされ、生活費や保険もあり、赴任地から他国へリフレッシュ旅行もできるなど、全ての体制がとてもしっかりしているようです。現地における待遇も、国際機関から派遣されているスタッフとして扱われるので、とても優遇されています。


また2年の赴任後にまとまった手当が支給され、そのお金を元手に海外の大学院などに進学し、更に学びを深め、国連や大きな国際機関に就職したり、起業される方々もとても多いと聞きます。

 

青年協力隊と同じように、アフリカ政府から派遣されているアメリカ人の平和部隊(ピースコー)の方たちも、多くの国で活動されていますが、彼らも日本の青年海外協力隊の待遇の良さ、帰国してから支給される手当等の額の多さに驚いていました。


このように、何のサポートもなく単独で現地の協会を立ち上げた私(当初、現地の役所からは怪しい人だと思われてたし、言語も独学、自分のビザを含め全ての書類手続き(節約したく全て自分で手配)、全くの無償のボランティア(最初の数年は自分の貯金も切り崩して活動費に)、家探し、自分の身の安全対策、本当に困った時に頼れる人がいない、何の後ろ盾もないなど協力隊の方とは全く違うスタートで状況が大きく異なります。

 

協力隊のかたは すべてのことに余裕を持ってまた違った目線で赴任国のことを見ることができると思いますし、JICAを国際援助機関へのプロフェッショナルになる第一歩とし、更なるステップアップを目指すのも素晴らしいことだと思います。

 

 

 

今後このブログに書くことも今までと同じように、モザンビ−クの片隅にある町や村、そこに暮らす貧しい人々や厳しい環境で暮らすアシャンテママの子供達のことが主になります。


世界中の多くの国で同じ事が言えると思いますが、貧富の格差はどんどん広がっている現実があります。


貧しさに加え、親の死や、HIVなどの病気、障がいなどと共に生きる子供達の支援をこれからも出来る限り続けていきたいと思っております。

 


【写真】モザンビークの美しい海岸沿いの風景(ナンプラ州)
インドの資源会社で働く友人からいただいた写真です。

 

栗山さやか | 国などについて | comments(2)

サイクロンのその後

 

 

今回、モザンビーク、ジンバブエ、マラウィのいくつかの州を

直撃したサイクロン。

 

サイクロンが来るのは事前にわかっていて、

備えるように言われていました。

 

でも現地の人たちは、

「どこかに避難しろなんて言われても、

行く場所もないし、

家を空けてどこかに避難するなんてその間に高い確率で

家に泥棒達に入られてしまうからね。」とも話していました。

 

やはり被害は大きく、

モザンビークで2番目に大きい都市(ベイラ)は、

90パーセントの建物が被害を受けたと

ニュースで流れていました。

 

サイクロンの後も数日、大雨が降ったこともあり

6日が経った今も、水がなかなかひかず、

まだ木の上や屋根の上、

陸の孤島になってしまった場所で助けを

待っている人たちが大勢いると。

 

国連、ポルトガルなどからも救援部隊が来て

早急に救助にあたっているようです。

 

一人でも多くの人が助かりますように。

 

現地の動画ニュースです。

 https://pt.euronews.com/2019/03/21/mocambique-milhares-de-pessoas-em-risco

 

栗山さやか | 国などについて | comments(2)

それぞれのご意見

 

 

病院で配布されるはずの蚊帳が

路上で何年も売られ続けていること、

その他にも嫌というほど

見聞きする同じようなこと

もっと悪質なことについて、

現地の事情をよくわかっている数人の友人や知り合いに

それとなく話してみました。

 

 

売られている蚊帳について

そういうことを連絡するホットラインも

しっかりあるのですが、現地の友人たちは、

「そこに電話しても何も変わらないと思うよ。それどころか、そんなことしたら自分の身、現地のスタッフに危険が及ぶかもよ。」と。

 

もう一人の現地の友人(彼女はパキスタンと現地のハーフ)は、

「このよそ者が。騙ってろ。。って思われるだけだからやめたほうがいいよ。」と。

 

アメリカ人の友人は、

蚊帳にアメリカ政府からの援助の印が入っていたことを伝えると、

「ひどい。海外からの援助をしっかり回していれば、きっと今頃現地の貧しい人の暮らしはかなり違うと思う。私がその組織に連絡するよ、そうすれば何か変わるかも!」

 

でも彼女は、自分が現地にいたときのことを思い出すと、

「あぁ。でもきっとその組織のトップの人たちも、そんなことはもう知っているんだろうな。私が現地で活動していた団体も、援助金を全額そっくり盗むわけじゃなくていくらかは活動に使い、残りは盗んでいて、そういったことも組織のトップに報告したことがあったけど、結局何も変わらなかった。そういう現実に疲れてしまって契約終了を待たずに私、アメリカに戻ったの。」と。

 

 

日本にいたときに、日本のとても優秀な大学で

そういった国の経済などの統計等を研究されている方と、

一瞬だけですがお話させてもらう機会がありました。

 

「そういった賄賂、汚職なども一つの経済効果です。賄賂のお金も現地で使われ、経済を回していますから」

というようなことをおっしゃっていて。

 

「あぁ。世の中そういうものなんだ」と思う反面、

日常の暮らしで頻繁にそういったことを要求される、

現地の人たちのことを思うと、

なんだかやりきれない気持ちになりました。

 

現地の友人は、

「みんな植民地時代、独立戦争、内戦で苦しんだ経験があるから、今は自分の番だと思っているんじゃないかな。」と。。

 

他の現地の知り合いは、

「世界は弱肉強食な世界だから。」と。。

 

いくつかの国で大使として勤務されていた南アフリカ人の友人は、

「これはこの大陸の多くの国で起きている一言では片づけられない根深い問題で、望みは、新しい世代、若いリーダーたちが少しずつ変えていってくれたらと私も望んでいるよ。教育とリンクして、そういったことは間違っていると声に出して堂々と言える世の中になってほしい。だから何年も言い続けてきたけど、アシャンテママの地道な活動はとても大切で1人のアフリカ人として、とても感謝しているよ。」と。。

 

現実に起こったことでも、

現地の人々について悪い印象を与えてしまうようなことは

ブログにあまり多く書くべきではないと思うようになって、

いつからか控えるようにしていました。

 

今回のこともブログに書くことは控えようと思っていたのですが、

帰りの飛行機でたまたま隣に座ったソマリア出身の女の子と

話をして、やっぱり少しだけでも書こうと思いました。

 

 

この19歳の女の子、

ソマリアから家族で逃げて、ケニアのナイロビで暮らし

今はロンドンにある大学に通っていると教えてくれました。

家族は油田関係の仕事を

経営しているようで裕福な家庭のようでした。

 

その子とお互いのことを少し話すうちに、

「なぜこの大陸の多くの国、特に南部や東部は、

貧しい多くの人々が取り残されてしまっているのか」という話になりました。

 

その子の最初の答えは、

「そういう不公平な深い闇があるから」と。

 

現地に住む知り合いも、

「そういった現実、これから変わると思う?もうずっと骨の髄まで染み込んで、当たり前のこと過ぎて変わらないように思う。。。」と。

 

 

ただそういうことを

なんとかしたいと願っている人は

現地でも、とても多くいることも確かです。

 

日々、そういったことに苦しむ現地の人たちを思うと

本当にやるせなくて、考えれば考えるほど

今だに世の中についてよくわからなくなります。

 

戦争、内戦が終わっただけでも素晴らしいことで、

これから徐々に徐々にそういったことも変わっていくと願って

新しい世代の子供たちに、教育支援を変わらず続けていくことが

出来たらと思ってます。

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | 国などについて | comments(3)
このページの先頭へ