日本語でのニュース


日本語では報道されていないようですが、
英語圏、フランス語圏、ポルトガル語圏の国々では

今年になって更にひどくなってきている

モザンビーク国内で起こっている襲撃、殺害が
時々ニュースになっています。

 

欧米人の知り合いから

「日本ではこの襲撃のことニュースになってないの?」と聞かれました。

 

どうしてかなと思って聞くと

 

「日本人のバックパッカーに
モザンビーク中部の町の安宿で偶然知り合ったんだよ。

モザンビークからマラウィに入国するって言っていて

そのルートが襲撃が相次いでいるルートを通ると言っていて、

念のため別のルートを通るように伝えたよー。

モザンビーク中部で紛争が相次いでいること

知らなかったみたいだけど。。」と。

 

そのルートでも、

すべての車が襲われているわけではないし、
そのルートを通った友人たちから何事もなく

通過できたから大丈夫という話もよく聞くし、
逆に別の友人からは、襲われている車、

火をつけられている車を横目で見ながら

自分たちは逃げた、とも聞いています。 

 

ただ念には念をいれて

避けれるのなら避けたほうがいいと思います。

 

中部地方では、危険ルートを通過したい車は、
朝4時ぐらい(だったかなと思いますが)集合で、
政府軍の車が間にはいり一斉にすべての車で列を作り
護衛されながら移動することもしています。(それでも襲われてしまうことはある)

 

色々なルートで小さな襲撃も含めると増えていますが、
特に気を付けたほうがいいと言われているルートは、

 

ゴロンゴザ周辺(ソファラ州)
ゴロンゴザからモクバ(ソファラ州、ザンベジア州)
テテ市街からマラウィまでの国境(テテ州)

ザンベジア州からマラウィまでの国境(ムワンザ国境)

テテ市街からシモイオ市街までのルート(テテ州、マニカ州)
シモイオ市街からベイラ市街(マニカ州、ソファラ州)
マルパからクアンバ(ニアッサ州)
ナンプラ、クアンバ間の列車(ニアッサ州 数日前に襲撃あり、

列車のスタッフが太ももを撃たれた、死亡者なし)

 

たまたまバスに乗っていたフィリピン人の

女性教師も襲撃の流れ弾で亡くなっています。

(ザンベジア州 モクバ近郊)

 

報道されていない襲撃もあると聞きます。


逆に政府の警察から60人以上のマラウィの人々が突然、
身柄拘束されてしまったように
よからぬ容疑をかけられてしまう懸念もあります。

 

私の住んでいる町でもアメリカ人の女性が警察官からの持ち物検査を受け

手錠をかけられてしまったこともありました。

 

外国人であること、この国の法律をしっかり知らなかったり、

知っていてもやり取りの際に誤解を生んでしまい
こういう情勢の中では、

すぐに身柄拘束につながってしまうこともあります。

 

あまり政府のことなどブログで

書かないほうがいいと思っていましたが
モザンビーク情勢のニュースが日本語ではあまりネットでは

出てきていないようなので
旅している人たちのもしもの情報になればと書かせていただきました。


モザンビーク政府も情勢を少しでも良くしようと動いています。

 

ご家族がモザンビークに住まれているかたもいらっしゃるかと思います。

不安もあおるようなことを書いてしまいましたが、

ブッシュの中の道以外で

襲撃が起きているのは主に小さな町や村にある政府関係の施設のため(警察署、検問所、病院など)

普通に生活をするには問題ないと思います。

 

モザンビーク南部や、北部でもカボデルガード州は今のところ安全で、
どの州でも州都や大きな町にいれば全く問題ないと聞いています。

 

 

ただどうかモザンビーク中部、北部、
陸路での移動、そしてご自身の行動、政治的な発言は、

もしもの場合を考えて

十分気を付けていただけたらと思います。

 

 

栗山さやか | 国などについて | comments(6)

マラウィのニュース

 

 

私の今いるマラウィはタンザニア、ザンビア、モザンビークに囲まれた

内陸国になるので、ガソリンなどはモザンビークの港から陸路で

タンクローリーで運んできます。

 

数カ月前に、このマラウィのタンクローリーも

マラウィに向かってモザンビークを通って運搬中、
モザンビークの民族抵抗運動軍に何回か襲撃されました。


火をつけられタンクローリを燃やされたこと、襲われて連れ去られてしまった人、

その他にもマラウィ人が4人ほど一度に銃殺されてしまったり

人が乗ったままの車に火をつけているのを目撃したり。

 


マラウィのニュース

https://malawi24.com/2016/05/31/malawians-risk-killed-mozambique/


 

http://www.malawipunch.com/business/3-tankers-attacked-mozambique/

 

 

 

マラウィの人々に私がモザンビーク北部から来たというと、

襲撃がひどい地域に住むモザンビークの人々が

1万人以上マラウィに逃げて難民キャンプで生活していることもあり、

 

「モザンビークの内戦は大丈夫なの? 

モザンビークの中部、北部はとても危険でしょう」と聞かれます。

(実際は、州都や大きな町に住んでいれば問題ないです。)

 

マラウィからモザンビーク、ジンバブエを通過して

南アフリカまでバスで移動ができます。

 

そのバスがモザンビークを通過中に

バスに乗っていた60人以上のマラウィ人が理由も言われずに

モザンビークの警察に1週間以上身柄を拘束されてしまっていました。


激しく暴行を加えられたり、パスポートを含めた個人の荷物も没収されてしまったそうです。


ニュース


http://allafrica.com/stories/201609100436.html

 


私の住んでいる州でも、30人ほどの武装した民族抵抗軍が
乗り合いワゴンを止めたそうですが、

ワゴンはそのまま来た道を戻るように言われたそうですが、

誰も襲わず、奪わず

ただ政府の軍隊、警察の人がいないかを確認していたようです。

 

 

マラウィからの国境とモザンビークの私の住んでいる町までは

そういったことは聞かず、トラック、バス、乗り合いワゴンの行き来も

通常通りです。

 

一番襲撃が激しい州に住む現地の友人が、

 

「この襲撃、紛争が近いうちにおさまるとは思えないけど、

反政府軍が国が半分に分断して統治することもないと思うよ」と話していました。

 

この民族抵抗運動軍を裏で一体誰が支援しているのか

(アメリカ、南アフリカなどの国と言われている)

ということもたびたび話題に上っています。

 

まだまだモザンビーク中部北部の情勢が不安定ではありますが、

どの州でも町中に住んでいる一般の人々には、

民族抵抗運動軍からの襲撃などの問題はないと思います。

 

ただこの紛争などによって、色々な影響が出ていますが、

海外から何度も仲介者の方々が来て平和的に

解決しようと話し合いの場も持たれています。

 

早く平和な日々に戻るといいと思います。。

 

栗山さやか | 国などについて | comments(0)

外国人の発言

 

昔、モザンビークの隣国のジンバブエで

薬草のセミナーに泊まり込みで参加した時に

夜、ジンバブエの女性たちと話していました。

 

ジンバブエのムカベ大統領(1987年からずっと今も大統領!

独裁で悪名高い92歳)

についてさりげなく悪気はなく聞いてしまったら

みんな黙ってしまいました。

 

「どこで誰が聞いてるかわからないから

詳細話したいけど話せないの。」と。

 

 

自国の大統領についての意見を交換したりすることも

秘密警察に聞かれて逮捕されることなどを

恐れていると後から他の人々に聞きました。

 

アフリカに来てから数年だった当時、

ジンバブエについても詳しく知らずに聞いてしまい

失礼だったなぁと思いました。

 

モザンビークでは、そこまでではないと思います。

 

ただここに住む外国人がこの国についての

政治的発言をすることは

やはり許されていないと聞きます。

 

たとえ現地の誰かに何か聞かれても

充分気を付けたいと思います。

 

 

 

 

 

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九州での地震心からお見舞い申し上げます。



九州での地震、被害に受けられました皆様に
心からお見舞い申し上げます。

現在もまだ大きな余震も続いているようで
1日でも早く、いつもの日常が皆様に戻りますように、
そしてお亡くなりになられたかたがたの
ご冥福をお祈り申し上げます。



 
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モザンビークの素晴らしいところ

 

日本から戻ってきて、、(もう1か月前になりますが)

モザンビークの首都のマプトに5日間ほど滞在していました。

 

自分の労働ビザの変更について移民局や労働局に通っていました。

労働局のかたの接してくださる態度が予想とは全く違って、

丁寧でとても嬉しかったです。さすが首都だなぁと思いました。

 

マプトはますます発展していて、
人々もケニアの首都のナイロビの人たちのように
洗練されていておしゃれな感じがします。

みんなフレンドリーで、にっこりしていて。
 

道を歩いていても色々な国出身の外国人も多く、
そこまでを人種差別用語を言われることもないし。

町沿いにインド洋があってビーチもあって、トロピカルな雰囲気です。

 

ポルトガル系の人が経営している

6人相部屋のドミトリーの安宿も

きれいでシャワーが使えます。

 

もしかしたらアフリカの多くの首都での暮らしは

ものすごく大雑把に考えると

あんまり日本での暮らしと変わらないのかもしれないなぁとも思いました。

(断水とか停電、路上のゴミ、強盗泥棒誘拐殺人は日本よりかなり多いですが。)

 

そういえば首都のマプトには8年ぐらい前から

何回も来ていますが、比較的安全な場所を選んでいるからか

道を一人で歩いていてもすりにあったり、襲われたことが一度もないです。

 

どこにいても襲われるか襲われないかは、

本当にそのときたまたま自分が通りがかった場所に、

強盗たちも偶然通りかかっただけってことが多いと思うので

やっぱり運なのかなぁと思って油断大敵だと思い直しましたが。

 

でもマプトは滞在するたびに色々嬉しい発見が多いです。

 


写真。
新しいビルの建設もさかんですが、
ポルトガルの植民地時代の建物がまだたくさん残っています。


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モザンビークの素晴らしいところ


モザンビークはインド洋に面していて、
沿岸部はどんどん資源開発や観光地開発が進んでいます。

隣国である南アフリカからの裕福な観光客が増えているそうです。


写真
別の州で観光地開発をしている
友人が小型飛行機に乗って撮った写真。








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モザンビークの素晴らしいところ




モザンビークの素晴らしいところは、
やはり広大な自然がたくさんあるところです。

写真1枚目
山も木がふさふさ生えて土がある山では
なくて壮観な岩山がたくさんあります。

写真2枚目

私の住んでいる町は、
海から1000キロぐらい離れた内陸部なので
海は近くにはないですが、隣の州などの沿岸部は
とっても海がきれいでいろいろな種類の魚が生息しています。


写真3枚目

この写真は、
協会の新しく作った勉強小屋にある集落にある
かなり高い立派な木。






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モザンビークの良いところ


 
この町には、町中を巡回するバスとか
乗り合いワゴンはまだないです。


でも別の町までの移動は朝4時からあります。
(満員になるまで出発しないため、出発するまで3時間待ちとかもありますが。。)

大型バスや中型バスもありますが、
まだ主流は、乗合ワゴンや
トラックの荷台がここでは一般的な乗り物です。

乗合ワゴンは日本から中古で売られてきた
トヨタのハイエースです。 ドア壊れてたり
窓がなくて埃が入ってきてしまうからその部分は段ボールを
貼っていたり。

日本だと9人乗りのものに
22人から25人ぐらいで乗ります。
中はものすごくぎゅうぎゅう詰めです。
 
でも運転手さんもできるだけたくさんの人を乗せて少しでも
お金を稼ぎたいのです。
 
移動の道はぼこぼこだったり、体制が変えられないし、
縮こまって乗っていないといけないしなので辛いし、
喧嘩がはじまったり、すりにあったりもありますが、
ほほえましいなぁ、いいなぁと思う光景も見れる時があります。
 
 
子供を連れたお母さんたちは、子供の分の料金を払いたくないので
子供を自分の膝の上に乗せます。そうすると
1人で座る場所に2人で座っているわけだから
子供運賃全くとられないことがあります。
 
これは、たぶん私が通ってきた東南アフリカの国々は
1人のお母さんに、数人の子供たちがいる場合は、
隣に乗り合わせた人の膝に乗せてもらっていることがあります。
 
「どっかいけ、しっしっ」てやる男の人もいますが、
女性だったらかなり乗せてあげています。
(私も乗せてます。ただ、膝の上でおしっこされると悲しいですが。)
 
男性も嫌がる男性よりも普通に乗せてあげる男の人のほうが
多いかなと思います。すごいときは3時間とか他人の子供が自分のひざに
乗りっぱなしのときもあって(まれなことだとは思いますが)
子どもだからしょうがないね、節約したいだろうしねって
いう雰囲気があるような気がしました。
 
それは東南アフリカ(他の国のアフリカの国でも
まぁまぁそうなんじゃないかなと思います)の素晴らしいところだなぁと思います。

※ 追記 ごめんなさい。。 私なんかよりも昔からずーと頻繁に乗り合いワゴンに
乗っているモザンビークの友人や、ケニア、モザンビークに長く住んでいるギニアの友人に聞いたところ
そんな風に他人の子どもを自分のひざに座らせてあげる人はたぶん全体のの
4,5パーセントという回答でした・・。

小さな子が泣き出したら怒鳴りつける人もいるし、
子どもが自分のひざの上に乗っていて
自分がなんか食べたい時に
その子にもあげないといけないとか無理でしょ。って・・・。

みんな自分の荷物誰かに盗まれないか膝の上で荷物抱えている場合が多いし、
だいたい病気で遠くの町の病院に連れて行かないといけないとかだったらわかるけど
何人もの子供を引き連れて
ぎゅうぎゅうづめの乗り合いワゴンに子どもを乗せる母親に問題があると思うよって・・・。

私はよく膝にのせてあげてる人見かけたよーっていうと
絶対たまたまだったに違いないって言われてしました。。。
もう少しみんなに聞いてみます。すみません・・・・。 )


あとみんなフレンドリーで銀行のATMで並んでいるときに
全く知らない人同士が突然、「お腹すいたねぇ」とか話しだすのも普通です。
(これも結構他の国でもあったかな。。)
 いきなり「仕事なんかない?」とか
「あなたの髪の毛切ってちょうだい」とかいろいろ言われます。
 
世界中きっとどんな国でも、問題や良くないところはあって、
でもそれぞれにいいところもあって。
 
「住めば都」と言う言葉は本当だなぁとも思います。
 (もちろん内戦などがある場合は別です。。)
 
危険なことや色々悲しいことも多いですが、
モザンビークの素晴らしいところなども
ブログに書いていきたいです。





写真1枚目
モザンビークで好きな花。
うちの外にもあります。

写真2枚目
うちの犬。
紫の花が地面に落ちて
きれいです。伝統治療でお茶にして飲むと
腹痛が治ると言われています。
食べれないかなぁってちょっと食べてみたら
苦かったです。。





栗山さやか | 国などについて | comments(6)

難民キャンプ


別の州にある難民キャンプを
コンゴ民主共和国出身の友人と数日間訪れていました。

数千人が生活する難民キャンプに入るには、
市内にある政府の事務所で許可証を発行してもらう必要があり
面接がありました。

厳しい顔をした担当官から
聞かれた質問に答えていき、

難民キャンプ内で写真は絶対撮ってはいけないこと。
難民の人たちに質問は一切してはいけないこと。
を約束し、市内から30キロほど離れたブッシュの中にある
難民キャンプにトラックに揺られて向かいました。

第二次世界大戦後最悪の死者数、約600万人が亡くなった
と言われるコンゴからの難民のかたが多くいて、
ソマリアのかたも多く見かけました。

自分の国から追われる、自分の国に帰れないって
どういう気持ちか。

コンゴ民主共和国では、
多くの天然資源がありすぎたために
色んな国の思惑(コンゴ人の友人は
アメリカが特に。。。と言っていました)があり。

私も昔、マラウィにいたころ、
ジンバブエの大統領が、自分がコンゴに
所有するダイヤモンドの鉱山を守るために
ジンバブエの軍隊を何万人?も送っていて
それも問題になっている記事を読みました。


この州から自分の州に戻るワゴン、
難民としてモザンビークで暮らす
コンゴ人の子たちみんなで帰ってきて、
休憩も取らずに車で走り続けても
ぼこぼこ道だったため、16時間以上かかってしまい(距離は600キロほど)
全身埃まるけになりながら
ずっとコンゴの歴史、戦争の話、ひどい殺され方の話、
難民キャンプ内での犯罪、
難民の人たちの辛い経験を聞きながら帰ってきました。

「国際的に大々的に報道されているのはうそが多いよ。
裏があるのに。。。」って。

「どうしてピグミー族を一回でも食べた人が
人食いだっていて
国際裁判にかけられるのに、
こんなにたくさんの人殺しをした人たちが
裁かれていないの?」って。


今はコンゴ民主共和国、
やっと平和に近づいてきているそうです。






 
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ゼノフォビア


ゼノフォビアは、
英語でもポルトガル語でもつづり,発音はちょっと違いますが
外国人嫌悪 って言う意味で
(今調べたら日本語でも読み方同じみたいです。)
モザンビークで暮らすようになってから
初めて聞きました。

数年前、モザンビークとジンバブエだったか
マラウィだったか忘れてしまいましたが、
乗り継ぐバスを国境でさがしていたときに、
屋根の上に荷物をこれでもかって
載せていた連なった何台もの大型バスが国境で止まっていて、
「なんの人たちの移動?」って聞くと

「ゼノフォビアが南アフリカで起きたから、
南アフリカから脱出してきた
外国人たちだよ」って。
(あとで調べたら2008年のことで
 外国人だからという理由で約70人の人たちが
殺された)

最近もまた南アフリカで勃発して
外国人襲撃が起り、略奪や
外国人だからという理由ですでに10人以上が殺されて
南アフリカで暮らすマラウィ人全員も退去すると
ニュースでやっていて、
モザンビーク人も先週子供も含め数人殺されてしまったようで
在南アフリカモザンビーク大使館の職員のかたが、

「強制退去勧告は出しませんが、自分で判断してください。
棺おけの中に納まってわが国に戻ることになって
しまわないように。」

と話している映像が流れました。

モザンビークで石炭開発などが盛んな別の州にいた
千人以上の南アフリカの人たちも、逆に
モザンビーク人からの報復を恐れて
南アフリカに先週急遽戻っていったようです。


最近もジンバブエの91歳になるムカベ大統領
(ジンバブエが1980年にイギリスから独立してから
ずっと35年間大統領)が
「白人の顔みたくない」と白人のかた見て言ったとか、
南アフリカのズマ大統領の息子が
「外人に出てって欲しい」と発言したことがニュースになっていました。

南アフリカは、アフリカ大陸の中で
アフリカのヨーロッパと言われていて
ヨハネスブルクに何回か
行ったことがありますが、
街並みなんかは本当にヨーロッパみたいで,
「虹の国」と呼ばれるだけあって、
色んな人種のかたがいて
人々も洗練されていてとってもおしゃれなイメージでした。


アフリカのほかの国出身のたくさんの人たちが
仕事を探しに
南アフリカにいきたがっていて、
でも逆に南アフリカでは、
安い賃金で働いてくれる
他の国々の労働者のせいで
自国民の失業率が上がる一方で
賃金もあがらないという不満があると
よくニュースや人々から聞いていました。

協会の畑で、証人のひとたちを待っていたときに
近くの土地の持ち主とその話になって

この男性(モザンビーク人)は、モザンビークが内戦になったときに
家族みんなで南アフリカやジンバブエ、ザンビアに
10年以上逃げていたそうで、


「いまどき、外国人なしで成り立つ国がどこにあるのかって
 感じだよ」って言っていて
 なんだかほっと安心しました。


早くこういった問題が
なくなってくれればと思います。











 
栗山さやか | 国などについて | comments(3)
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