1か月が過ぎました。

 

 

現地に戻ってきてから1か月が過ぎました。

毎日あっという間に過ぎていきます。

 

先日の夜中、私の住んでいる家の屋根に石を

投げられていて、

さびた鉄の薄い板の屋根なので音が響いて

驚いて目が覚めました。

怖くて、どうしようか悩んでいると10分ぐらいでやめてもらえました。

 

ただ今は以前とは違い、

同じ敷地内の場所に一家族が住んでいるので

叫んだらきっと助けにきてくれるので

かなり安心して夜眠れます。

 

この1か月の間に、アシャンテママで子供達へご飯を作ってくれる女性の

元旦那さんが自分の家で撲殺されて発見されて、

 

この町でも裕福で有名だった男性が

家に突然侵入してきた人たちに銃殺されたと聞きました。

 

うちの外にある穴トイレの蓋が夜中に盗まれたり

スタッフの家の外にある電線が盗まれたり。

 

以前このブログにも書いたアシャンテママの畑を占領して

それからしばらく経った後、一人の女性を殺して捕まっていた

強盗たちがなぜか釈放されていました。(証拠不十分だったためか、

証人になる人がいなかったからか、警察と知り合いだからか)

拘置所からもう出てきていて。

 

一部の強盗たちは、いくつかの別の町などに移動しながら、

家を襲っているので別の町に行っている数か月の間はましになって

また戻ってくるはず。。と言う人たちもいます。

 

ですが以前よりは、殺人の件数がとても減っていると思います。

 

これからもどんどん減っていけばと思います。

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

シーチキンの缶

 

 

ときどき食べるシーチキン。

 

溢れるように食べ物が売られている

スーパーなんかで今もシーチキンの缶を見かけたり、

買って食べるたびに、

モザンビークでは、シーチキンは高価だったため、

週に1回の楽しみのおかずだった頃の生活を思い出します。

 

 

最近2回短期アパートに引っ越しを繰り返し、

(まだ最終的にアパートが決まっていず。。)

一日中育児、夜泣き寝不足、アトピーもひどくなり、

新しい土地での生活、アパート探し、

モザンビーク、マラウィのスタッフとのやりとり、

現地へ行く準備、

なんだか少しアワアワしてしまっていましたが、

 

現地のみんなに比べたら

安全な場所に住めて、ご飯は食べれるし、

どんなに狭いアパートでも

最低限必要なものは全部持っていて。

 

 

先日、 モザンビークの現地のスタッフの

ミーティングで私も電話で参加して話をしていました。

 

ミーティングが終わってから、

元々アシャンテママの畑で働いていた女性たちで

今は教室で水汲みや赤ちゃんの子守りをして

働いていてくれる女性たちから

借金の申し込みがありました。

 

今の時期は、路上のマーケットで売られている野菜、主食の

トウモロコシの粉も含め、

食べ物の値段が全体的にとても上がり、厳しい時期です。

 

来月末になれば、きゅうりや、かぼちゃが収穫の時期になり

路上のマーケットに売られるようになるので、

なんとかお腹を満たせると話していました。

 

お芋もそろそろ売られる時期と話していて、

 

「お芋の収穫の時期は

まだ先なんじゃないかな。」と聞くと、

 

みんな食べ物がなくて、

お腹が空いて、まだ収穫時期には早くて、

お芋まだ小さいってわかっているけど、

土から掘り起こして食べちゃったり、

子供の新学期が始まる時期なので、ノート代が必要で、

小さくても売るために掘り起こしちゃうって話をしていて。。

 

それにお芋が大きくなる収穫の時期までしっかり待ってしまうと

その前に泥棒たちに掘り起こされて盗まれてしまうこともあり。

 

逆に泥棒達も収穫の時期より先にみんなが掘り起こしてしまう

ことを知っていてさらにもっと早い時期に

お芋もまだとても小さいのに、

掘り起こして盗んでいってしまったり。

 

一生懸命毎日畑を耕しても

あっさり盗まれて行ってしまうことが当たり前のことのように起こる日常。

 

 

もうすぐ現地へ戻る予定ですが、

今回は2か月以上滞在できればと思っております。

 

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

写真 アシャンテママ教室のマラウィの子供達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

2019年明けましておめでとうございます。

 

 

2019年 あけましておめでとうございます。

 

日本で過ごすお正月、紅白歌合戦、年越しお蕎麦、

除夜の鐘、初詣、おせち、お雑煮とかを想像して

幸せな気持ちになっています。

みなさまどうか穏やかな元日を過ごせていますように。。。

 

 

以前に、約9年ぶりに日本へ一時帰国したときは12月でした。

 

モザンビークは夏の暑い時期だったので、

冬服をあまり持って来ずに、日本に戻ったのですが、

実家に戻ると、私の中、高校の頃の服が

たんすに入ったままでした。

 

25年ぐらい前、中学校の頃はやっていた

シャカシャカズボンなどそのまま中学校の頃なんかの恰好で

実家で過ごしていました。

(渋谷の店員時代の服は派手派手すぎて

一体、なんでこんなの着ていたのかな。。と思い

着れませんでした。派手なハイビスカス柄とか。。)


実家には私が幼稚園の頃、給食に持って行っていた

私の名前が書かれたプラスチックコップ、給食袋、

うちの兄が小学校の家庭科で縫ったクッション、

母が小学校の頃に編んだマフラーもまだ使っていました。。

(55年以上前のマフラー)

 

「もったいなから捨てられない。。」と言う母の言葉、

日本に住んでいた頃は、あまり思わなかったと思いますが、

今は、とても分かります。。

 

私が中学でソフトボール部で着ていたユニフォームや、

中学・高校の頃のジャージ、

25年経ってもチャックも壊れていないし、

素材も立派ですごいなぁと思いました。

 

モザンビークに持って帰って、プレミオとして渡しました。

簡単には穴があきそうもない、しっかりした固い素材で、

すごく気に入ってくれて、受け取れた子供達、

毎日毎日着てくれています。

 

 

写真 私の中学、高校時代のジャージ、ユニフォームなどです。。

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(4)

集団で騒ぐ人々

 

現地の事務所の敷地に、

ビニール袋に入った

人糞が投げ込まれたと連絡が来ました。

 

投げ込んできた隣人の家に、

投げ返そうとしたのですが、

結局、

きっとこういうことをした人を裁くのは

神様だから。。と考え直して、自分たちで処分したと。

 

たまたまかもしれませんが、

イスラム教の子達は、投げ返すべきと言い、

キリスト教の子達は、神様に委ねるべきって

と意見がわかれたようで。。

 

結局最後は、

みんな、そうだね、裁くのは神様だね。。となったと。

 

 

この間、私も現地にいたときに、

大声をあげて道を歩く30人以上の集団がいました。

 

あぁ、ウニャゴ(割礼などの儀式)から子供達が戻ってきて

そのお祝いでも近くであるのかな。。

と思っていると、

みんなで一人で縛られた男の人をひき連れていました。

 

なんだか怖かったので、

急いでその場を離れてあとから聞いてみると、

 

あの男の人は、自転車?バイク?を盗もうとして

捕まって、これからみんなでこの犯人を燃やしにいくと。。

 

集団のみんなはプラスチックの油の空の入れ物を棒で叩いて

音を出し、大声をあげていました。(その中には子供達もいる)

集落からはなれたブッシュの中に連れて行っている途中だったそうです。

 

住んでいた頃、時々目にした光景です。

本当に燃やしてしまって焼死体が放置されていたとも何回かだけですが、聞きました。

 

遺体がそのまま放置されていて、

野犬たちが遺体を食べていたりして、

においもすごいから、移動させて穴を掘って埋めた。と

この間も聞きました。

 

みんな、泥棒、強盗たちに心底疲れているんだと思います。

見せしめのためにやっているんだと思います。

 

私の友人のブラジル人の女性は、

布教(キリスト教のプロテスタント)のために来ていて、

聖書、神様の教えを広めていますが、

「何が起こっても、

どんなひどいことをされてもその人を許そう。。」と言っていて。

 

カトリックのオランダ人の友人も

 

「どんなことが起こっても、最後に人を裁けるのは神様だけ。。」

と言っていたことを思い出しました。

 


やられたらやり返したり、

暴力的に解決するのではなくて、

許す心を持ちましょうと説くことは、

 

こういった現実で生きる現地の人たちにとっては特に、

前向きに生きる糧になるのではと思いました。

 

私自身、約11年東南アフリカで

そう思いながら過ごしてきたように思います。

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(5)

モザンビークの家の窓

 

 

モザンビークに住んでいた頃の写真の中に、

自分がいつも眠るときにみていた壁と窓の写真がなぜかあって、

(確か窓の外に猫がいてその姿がかわいくてたまたま撮った写真)

当時のことを思い出しました。

 

現地の貧しい人たちのわらと泥の家は、窓すら作れないことが多いです。

ガラス代や安全のための鉄の棒を取り付けるのもお金がかかるし、

下手に窓があると泥棒や強盗たちが入ってきてしまうからです。

 

住んでいた町はそこまで小さな町ではなく人口も多かったし、

その中で夜中に家に泥棒や強盗が来るのは

一晩あたりきっと数軒だったと思います。

 

なので確率的には強盗が来る確率を考えるとそこまで高くなかったのです。

 

ですが、うちのすぐ近所に住む人の家に強盗が入ったり、

夜中叫ぶ人の声が聞こえたり、

銃を発砲する音が時々聞こえたり、

(うちの近くに刑務所、拘置所があって

そこで脱走する人に向けて見張りの人が脅しで時々発砲していた)

近所で殺人が何回かあったり。昼間首絞め強盗にあったり。

近くで遺体が見つかったり。

 

この窓の写真を今回、たまたま見つけて、

今夜こそ強盗たちうちに来るかも。。と怯えながら

眠りについていた日々を思い出しました。

 

戦争や内戦がある場所で暮らす人々は、

もっと比べ物にならないほどの恐怖の日々だと思います。

 

今は、現地を離れて暮らしていて、

朝まできっと何事もなく安心して眠ることができると、

当たり前のように布団に入れる生活が

とれほど貴重でありがたいことなんだろうと思っています。

 

 

日本にいたときに、ある人に、

「神様や宗教を信じている人ってどうなんだろうって思う。」って

言われたことがあって、

 

あぁ、きっと平和な場所にずっといることができると

そういう風な感じに思う人も多いのかなと思いました。

 

私も海外に出るまでは

そこまでそういったことを深く考えたことがありませんでした。

 

平和がない場所や理不尽なことが起こる場所、

何かが起こってしまっても

どこに頼っていいのかわからないような場所では、

どうすることもできなくて、

藁にもすがるような気持ちで

みんな一生懸命神様に祈ったり、

普通の日常があることに神様に感謝をします。

 

そういう信仰や神様と共に生きる人々を色々な国、

特にアフリカ大陸に入ってから間近で見てきて、

色々なこと、人生観とか哲学的なことを含めて教えてもらいました。

 

また時々そういったことも書いていきたいです。

 

世界の全ての場所で

怖い思いをせずにみんなが夜眠れていますようにと

思います。

 

 

写真 

 

昔、フィリピン人の親しい友人ヘレンが家の壁が監獄の壁みたいだからと、少しでも気分が明るくなるようにと塗ってくれたオレンジ色の壁。

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

プラスチックの椅子

 

 

プラスチックの椅子は、1つ約900円ぐらいして

アシャンテママに通う子供たちの家庭水準では

とても高価なもので、持っているご家庭はほとんどいないです。

 

みんないつか持てたらと憧れている物の一つでもあります。

 

持っているご家庭でも、

割れてしまってもしっかり縫ったりして使っていて。

 

物、私も大切にしようと改めて思いました。

 

 



栗山さやか | 日々の暮らし | comments(0)

2年ぶりの日本

 

 

おかげさまで日本に無事に戻ってきております。

羽田空港に着いてそのまま静岡の実家に戻ってきました。

 

納豆、お豆腐、お味噌汁、大根、緑茶、などの日本食の美味しさ、

そして百円均一に行きその素晴らしさに

圧倒され、はぁと溜息がでました。

 

地元で応援してくださっている皆様にも

お会いさせていただき本当ありがたかったです。

 

 

来週からモザンビーク、マラウィの協会の様子を

見に一人で3週間ほど行ってくる予定でおります。

 

 

モザンビークは約1年半ほど前には

内戦が本格的に始まる、もう内戦状態だと、

みんなとても心配していて

治安もどんどん悪くなっていっていたのですが、

その心配は今では無くなりとてもほっとしています。

 

ルーシアさんたちに

 

「最近は怖いことない?大丈夫?」と聞いたら、

 

「1か月ぐらい前に

となりの地区の家に夜中2人組の泥棒が入って

その家の人たちが泥棒たちを捕まえて

2人の体にガソリンをかけて燃やしてしまって

その焼死体が朝道端に

放置されていたことぐらいだよー。

前より殺人は減ったよー。」

と教えてくれて

 

あぁ、それから1か月もの間、

殺人が周辺では起こっていないんだとかなりほっとしました。

 

ただ、まだまだ貧しい地域で強盗や泥棒などは頻繁ですが、

それでも殺人が減ったということにとても安心しました。

 

今回、一番安い航空券、マラウィまで行きそれから陸路で

モザンビークの町を目指そうと思います。

 

マラウィの空港からモザンビークの協会のある町までの陸路での移動、

国境が夕方6時には閉まってしまうので、

途中の町の安宿で1泊して、それを入れずに考えて

だいたいトータルで陸路10時間ほどの移動時間だと思います。

今雨期の時期で道がぐちゃぐちゃだと聞いて、少し心配しておりますが、

無事にたどり着けるように体調も万全にしていきたいと思います。

 

 

そして3月の終わりにはまた日本に戻ってきます。

また色々なことご報告できればと思います。

 

いつもご支援いただきありがとうございます。

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)

カラフルな布(雨や寒さを防ぐとき用)

 

 

カプラーナと呼ばれる主に東南アフリカの女性たちが

使っている布があります。

 

とてもカラフルな布でとても便利な布です。

 

この布を腰に巻いてスカートのようにしている女性が多いです。

 

ちなみにマラウィでは、1990年代半ばまで女性がズボンを履くのは

法律で禁止されていたそうです。(理由は挑発的だからだそうです。)

外国人もズボンでは入国を許されなかったようです。

 

数年前でも、女性がズボンを履くのを良く思っていない男性たちがいて

ズボンを履いている女性たちを襲って全裸にする襲撃のニュースも聞きました。

 

 

貧しい人々は、雨期で雨がひどい時期でも

傘やカッパを買う余裕はないため、

この布でなんとか雨をしのいで歩いたり、

寒い時期は、あったかい上着を持っていない人も多く

この布を体に巻いて少しでも寒さを防ぎます。

 

あとは風呂敷のように活用ができるので大活躍です。

 

写真1枚目。

 

布を巻いて雨の中を歩いてくるときの布の使い方

(協会の女の子)

 

写真2枚目。

 

寒い朝に布を巻いている女性たち。

 

写真3枚目

主食になるトウモロコシのシンの部分は、

火がよく燃えるので、家で火をくべるために持って帰るときに、

風呂敷代わりに使っている布。(協会の子供たち)

 

 

モザンビークもマラウィもこれから雨期の時期です。

 

 



栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

出産しました

 

 

先日、無事に女の子を出産しました。

 

赤ちゃんの血液検査の結果が思わしくなく

治療を受けて入院期間が少し長くなりましたが

無事に母子ともに退院できました。

 

ルーシアさんたちに報告したら

豚小屋の見張り番のご家族も同じ日に

男の子の赤ちゃんが産まれていました。

 

お互い元気に育ちますように。

 

ご心配してくださったり、

温かいコメントを下さって本当にありがとうございます。

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(26)

治安の悪化

 

 

モザンビークの2つ目の勉強小屋のそばの畑で

女性が殺されているのが見つかりました。

 

彼女は妊娠していて臨月に近かったようです。

 

その日は食べ物に困っていて、

近くに住む人たちに

「なにかお仕事はありませんか」と

旦那さんと尋ねてまわっていて、

二人である人の畑を耕していたそうです。

 

旦那さんが少し離れたすきに、

妊娠した女性は、

お腹を切られ、目をくり抜かれ殺されてしまったそうです。

 

近所の人たちが

「犯人は、性交をしようとして

断られたからカッとなって殺したらしい」と

話していました。

 

先月も1つ目の勉強小屋の地区でも、

 

売春をしていた女性が

ぼろぼろの小さな売春宿で

部屋で殺されているのが見つかりました。

 

口に布を入れられ、性器に砂が入れられ

殺されたまた別の女の子も道端で見つかりました。

 

その女の子も

性交をすることを拒んだから

殺されたと聞きました。

 

勉強小屋のすぐそばにあるマーケットでは、

看護師として病院で働く男性が、

マーケットで朝遺体が見つかっていました。

 

発見した人たちが

 

「薪でも割るかのような、

魚を解体するかのような

ズタズタの遺体だった」と言っていました。

 

犯人はそのマーケットで見張りとして働いていた人だったそうです。

 

ここ2か月ほどで、

勉強小屋のある地区、その隣にある地区で

私が聞いただけでも8件の殺人があり、

治安がまたかなり悪化しているように感じます。

 

夜間の中学校、高校に通っている人々は、

みんな襲われないように、

集団で必ず帰るようにしています。

 

ただ学校にいって普通に勉強したいだけなのに、

学校の行き帰りに襲われてしまう可能性があるので

みんなびくびくしながら毎日通っていて。

 

1年ぐらい前もあまりに殺人事件が続いたときに

首都からヘルメットをかぶり武装した

エリート特殊部隊警察が配置され

夜道を歩いている人を厳しく取り締まっていましたが、

(夜9時以降、道を歩く怪しい人は容赦なくぼこぼこにしていました)

モザンビーク中部での紛争に対応するためにこの町から

離れてしまっていました。

 

 

モザンビーク中部地方でひどかった紛争や

政治的情勢が今少しずつ落ち着いてきているようなので

また特殊部隊の人たちがこの町や犯罪が多い場所に

戻ってきてくれればと思います。

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)
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