2年ぶりの日本

 

 

おかげさまで日本に無事に戻ってきております。

羽田空港に着いてそのまま静岡の実家に戻ってきました。

 

納豆、お豆腐、お味噌汁、大根、緑茶、などの日本食の美味しさ、

そして百円均一に行きその素晴らしさに

圧倒され、はぁと溜息がでました。

 

地元で応援してくださっている皆様にも

お会いさせていただき本当ありがたかったです。

 

 

来週からモザンビーク、マラウィの協会の様子を

見に一人で3週間ほど行ってくる予定でおります。

 

 

モザンビークは約1年半ほど前には

内戦が本格的に始まる、もう内戦状態だと、

みんなとても心配していて

治安もどんどん悪くなっていっていたのですが、

その心配は今では無くなりとてもほっとしています。

 

ルーシアさんたちに

 

「最近は怖いことない?大丈夫?」と聞いたら、

 

「1か月ぐらい前に

となりの地区の家に夜中2人組の泥棒が入って

その家の人たちが泥棒たちを捕まえて

2人の体にガソリンをかけて燃やしてしまって

その焼死体が朝道端に

放置されていたことぐらいだよー。

前より殺人は減ったよー。」

と教えてくれて

 

あぁ、それから1か月もの間、

殺人が周辺では起こっていないんだとかなりほっとしました。

 

ただ、まだまだ貧しい地域で強盗や泥棒などは頻繁ですが、

それでも殺人が減ったということにとても安心しました。

 

今回、一番安い航空券、マラウィまで行きそれから陸路で

モザンビークの町を目指そうと思います。

 

マラウィの空港からモザンビークの協会のある町までの陸路での移動、

国境が夕方6時には閉まってしまうので、

途中の町の安宿で1泊して、それを入れずに考えて

だいたいトータルで陸路10時間ほどの移動時間だと思います。

今雨期の時期で道がぐちゃぐちゃだと聞いて、少し心配しておりますが、

無事にたどり着けるように体調も万全にしていきたいと思います。

 

 

そして3月の終わりにはまた日本に戻ってきます。

また色々なことご報告できればと思います。

 

いつもご支援いただきありがとうございます。

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)

カラフルな布(雨や寒さを防ぐとき用)

 

 

カプラーナと呼ばれる主に東南アフリカの女性たちが

使っている布があります。

 

とてもカラフルな布でとても便利な布です。

 

この布を腰に巻いてスカートのようにしている女性が多いです。

 

ちなみにマラウィでは、1990年代半ばまで女性がズボンを履くのは

法律で禁止されていたそうです。(理由は挑発的だからだそうです。)

外国人もズボンでは入国を許されなかったようです。

 

数年前でも、女性がズボンを履くのを良く思っていない男性たちがいて

ズボンを履いている女性たちを襲って全裸にする襲撃のニュースも聞きました。

 

 

貧しい人々は、雨期で雨がひどい時期でも

傘やカッパを買う余裕はないため、

この布でなんとか雨をしのいで歩いたり、

寒い時期は、あったかい上着を持っていない人も多く

この布を体に巻いて少しでも寒さを防ぎます。

 

あとは風呂敷のように活用ができるので大活躍です。

 

写真1枚目。

 

布を巻いて雨の中を歩いてくるときの布の使い方

(協会の女の子)

 

写真2枚目。

 

寒い朝に布を巻いている女性たち。

 

写真3枚目

主食になるトウモロコシのシンの部分は、

火がよく燃えるので、家で火をくべるために持って帰るときに、

風呂敷代わりに使っている布。(協会の子供たち)

 

 

モザンビークもマラウィもこれから雨期の時期です。

 

 



栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

出産しました

 

 

先日、無事に女の子を出産しました。

 

赤ちゃんの血液検査の結果が思わしくなく

治療を受けて入院期間が少し長くなりましたが

無事に母子ともに退院できました。

 

ルーシアさんたちに報告したら

豚小屋の見張り番のご家族も同じ日に

男の子の赤ちゃんが産まれていました。

 

お互い元気に育ちますように。

 

ご心配してくださったり、

温かいコメントを下さって本当にありがとうございます。

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(26)

治安の悪化

 

 

モザンビークの2つ目の勉強小屋のそばの畑で

女性が殺されているのが見つかりました。

 

彼女は妊娠していて臨月に近かったようです。

 

その日は食べ物に困っていて、

近くに住む人たちに

「なにかお仕事はありませんか」と

旦那さんと尋ねてまわっていて、

二人である人の畑を耕していたそうです。

 

旦那さんが少し離れたすきに、

妊娠した女性は、

お腹を切られ、目をくり抜かれ殺されてしまったそうです。

 

近所の人たちが

「犯人は、性交をしようとして

断られたからカッとなって殺したらしい」と

話していました。

 

先月も1つ目の勉強小屋の地区でも、

 

売春をしていた女性が

ぼろぼろの小さな売春宿で

部屋で殺されているのが見つかりました。

 

口に布を入れられ、性器に砂が入れられ

殺されたまた別の女の子も道端で見つかりました。

 

その女の子も

性交をすることを拒んだから

殺されたと聞きました。

 

勉強小屋のすぐそばにあるマーケットでは、

看護師として病院で働く男性が、

マーケットで朝遺体が見つかっていました。

 

発見した人たちが

 

「薪でも割るかのような、

魚を解体するかのような

ズタズタの遺体だった」と言っていました。

 

犯人はそのマーケットで見張りとして働いていた人だったそうです。

 

ここ2か月ほどで、

勉強小屋のある地区、その隣にある地区で

私が聞いただけでも8件の殺人があり、

治安がまたかなり悪化しているように感じます。

 

夜間の中学校、高校に通っている人々は、

みんな襲われないように、

集団で必ず帰るようにしています。

 

ただ学校にいって普通に勉強したいだけなのに、

学校の行き帰りに襲われてしまう可能性があるので

みんなびくびくしながら毎日通っていて。

 

1年ぐらい前もあまりに殺人事件が続いたときに

首都からヘルメットをかぶり武装した

エリート特殊部隊警察が配置され

夜道を歩いている人を厳しく取り締まっていましたが、

(夜9時以降、道を歩く怪しい人は容赦なくぼこぼこにしていました)

モザンビーク中部での紛争に対応するためにこの町から

離れてしまっていました。

 

 

モザンビーク中部地方でひどかった紛争や

政治的情勢が今少しずつ落ち着いてきているようなので

また特殊部隊の人たちがこの町や犯罪が多い場所に

戻ってきてくれればと思います。

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)

今後も気を付けたいこと

 

 


モザンビークの別の州に数日いたときに

日中、町中の人ごみの中を歩いていたら、
知らない男の人に腕を突然つかまれて体が一瞬固まりました。

 

その時にちょうど前から女性警官のかたが歩いていました。

 

何回も腕を振り払うと、
その男の人は腕を離して、どこかに行ってくれました。

 

女性警官も少し離れた場所からその様子を見ていて、
そして私に向かって歩いてきてくれたので少しほっとしたら、

 

私を見て一言、

「身分証明!」と一言だけ怒鳴るように言いました。

 

急いで、外国人査証を見せると、
別の場所に連れていかれました。

 

私の腕をつかんでいた男の人については何も聞かれず、

私の査証を見て、
 

「この査証が発行された州はここの州ではなく、
あなたがその州から出て、この州にいるのは違法」と言いました。

 

「あなたはこの州に何日間滞在しているか」
「一体何の目的でこの州にいるのか、
誰と一緒なのか」と聞かれました。

 

国内情勢が不安なため、知らない間に法律が変わってしまったのかと思い
一気に不安になりました。

 

とっさに、
「現地の友人に連絡をしてもいいでしょうか」とお願いすると
ぶっきらぼうに私を睨みながら

「行ってよし。」と一言、言われ解放されました。

 

後から思うと大したことではないのですが、
その時はなんだかとても怖く思いました。

 

そのことをモザンビークで法律に詳しい友人に話すと、
「外国人だからと言って、許可なしに別の州に行くことは違法じゃないよ。
でも色々と気を付けてね。」と。

 

先月、協会の勉強小屋の近くに住む家族の男性も、
夜に別の村から町に戻ってくるときに、警察の検問所で
何かしらで警察官と揉めてしまい、

車に乗っていた全員が撃たれてしまったと聞きました。
(この件はしっかり裁判にかけられるようです。)

 

貧しい人々は、盗みなどの揉め事などの際は
土地のリーダーへ相談に行く人々が多いです。

 

でもこの間、

無事に人さらいにあった女の子が戻って来れたとき、
警察が探す捜査などはしてくれなくても、
売られていた女の子が村で見つかったときに、
しっかり対応してくださったから女の子も戻って来れました。

 

犯罪がとても多い国では、

警察のかたが、時に厳しい対応をするのは
仕方がないことなのかもしれないと思いました。


今後とも落ち度がないように気を付けていきたいです。

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)

マラウィ南部に戻りました。

 

モザンビークの私の住んでいる州での襲撃は最近おさまっています。

 

協会のある町は

かなり発展もしてきているし、

いつもの日常がありますが、

 

経済の悪化、急激な物価の上昇、
変わらず殺人を含めた犯罪の多さ、

この紛争に対しての
現地の人々の間で話されている怖い噂話、

 

個人で活動している身としては

不安に思う点は正直まだ多いです。

 

マラウィ南部側に生活拠点を移して数か月経ちます。


時々モザンビーク側に戻り(2か月に1度ほど)
あまり目立たないようにして
協会の活動をサポートしています。

 

私はいない間は、ルーシアさんをはじめ

みんながしっかり働いてくれています。

 

町自体は紛争の直接的な影響は全くなく、
町中にいれば全く平和です。

 

マラウィの国境から

この町までの陸路での移動も問題ないです。

 

しばらくまたモザンビークにいたのですが、
今はまたマラウィ側に戻りました。

 

少しずつブログにも書いていたのですが、
マラウィの南部の小さな貧しい村でも
両親あるいは片親を亡くしてしまった子供たちへの
教育サポートをする活動を始めました。

 

詳細をブログでご報告させていただけたらと思います。

 

 

写真

 

バケツを頭に乗せて運ぶ

練習中の協会の女の子。

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(6)

同じ町での格差


今もモザンビーク中部のいくつかの地域は安全とは言えず、

まだ危険地帯は、政府軍に護衛されながら

全ての車が決まった時間に

一斉に連なって移動しています。

 

先月も、協会で一緒に働いてくれているスタッフの兄弟が、

その地帯をトラックで移動していたときに銃撃され

トラックが横転して、

隣に乗っていた友人と二人とも肩と足を撃たれ

トラックや荷物その場に放置して

身一つでなんとか逃げきれ戻ってきていました。

 

でもモザンビーク首都の大都会の中にいると

まるで平和な別の国にいるような感覚になりました。

 

高層ビルがたくさん建ち並び

ライトアップされたおしゃれなレストラン、

行き交うおしゃれな人々、渋滞だらけの道路、

東京にいるような感覚にすらなりました。

アジア系、欧米系、アラブ系、

外国人の人々の多さにも驚きます。

 

色々な問題(紛争、干ばつ、IMFの隠された莫大な借金)が

ありながらもどんどん発展している首都がある南部、

発展のペースが南部に比べてゆっくりな北部。

 

協会が活動している北部の州は、

発展が一番遅れていて、

「忘れられた州」「貧民の州」と言われています。

 

首都や他の栄えている州に住んでいる

モザンビーク人の友人たちにも

 

「そんなブッシュの中でよくも何年も住んでいられるね。」

と何年もずっと言われ続けています。

 

私の州の病院には、

キューバ人、北朝鮮の医師などの外国人医師が多いのも

 

「モザンビーク南部出身の医師たちは、

この州では働きたがらないから逆に外国人医師が

この州に派遣されられているんだよ。

本音を言うと僕たちも

首都やもう少し大きな都市で働きたかった」と

キューバ人の医師の方達が言っていました。

 

 

でもこの8年で、立派な地方都市と呼ばれるぐらいに

この町も徐々に発展してきています。

 

町の中心部には、エアコンがかかっている

大きな銀行がいくつかでき、

ATMもずらっと並んでいます。

 

町なかには信号が2つもできました。

 

そして犬のドックフードも売っている

大きなスーパーマーケット

(お客さんまだ少ないですが)も出来ました。

 

マラウィ南部の村と比べると立派な地方都市に感じます。

 

ただこの町の中でも、協会の勉強小屋周辺の人々と

この町の中心部に住む裕福な人々を比べると

何百年も別の時代を生きているのではと

いつも思ってしまいます。

 

この発展が、ただ貧富の格差を更に生み出すだけではなく、

貧しく厳しい環境で暮らす人々の生活にも

いい影響が出ればと思います。

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

1年ぶりのマプト

 

 

 

 

今はモザンビークの首都のマプトにいます。

日本大使館の草の根援助の会合にありがたいことに

参加させていただきました。

 

マラウィの電気も水道もない
最寄りの乗り合いワゴン乗り場(公共バス)まで

約10キロ離れているとても小さな村にいたので、

 

モザンビークの首都のマプトにきて

たくさんの車で渋滞しているきれいな道路、

見上げるほど高いのビルの数々、

おしゃれにライトアップされたビル、

お店の数々に圧倒されています。

 

1年ぶりのマプトですがますます発展していて

人々は都会的で洗練されておしゃれで丁寧で

テキパキ働いている印象です。

 

 

最近、疲れがたまると

風邪をすぐにひいて、

こじらせてしまうことが多くなりました。

 

先月から風邪をこじらせてしまって、

2週間以上しっかり眠れず、

一睡も全く眠れない夜があったり、咳も止まらず、

体がだるくて辛くて仕方がありませんでしたが、

やっと今日の朝から少し元気になりました。

 

体調が悪いと、精神的にも落ち込んでしまい、

物事を悪いほうにばかり考えてしまうので

やっと元気になれてほっとしています。

ブログの更新が止まってしまっていて

協会の活動報告ができていず、

申し訳ありませんでした。

 

 

日本は今、冬の寒い季節だと思います。

皆さまどうか温かくして過ごされますように。。

 

 

 

マラウィ南部の村の近くの写真

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(8)

干ばつの影響

 

今年は、マラウィ、モザンビークを含めた南部アフリカ全体で、

5カ月ほど続く雨期に降るはずの雨がとても少なかったです。

 

地域にもよりますが、

井戸の水、川も干上がってしまってかなり遠くまで水を汲みに行く

貧しい人たちが今の時期とても多いです。

 

みんな頭の上に水の入ったバケツを乗せて運びますが
マラウィ南部では、気温が32度から

ひどい地域は毎日43度ほどありとても暑いです。

そんな中での水汲みはかなりの重労働です。 

 

今年は干ばつがあったために、

主食の乾燥トウモロコシなどの収穫が例年に比べかなり少なく、

値段がとても上がってしまい
みんな更に食べる物に苦しい状況です。

 

マラウィ南部の貧しい村でも両親、あるいは片親が亡くなってしまって
苦しい生活をしている子供たちがとても多く、

何かここでも少しでもサポートができればと思っています。

 

  写真  マラウィ南部の村の子供たちと、

モザンビーク北部の水汲み場 

 

小さい子達も自分が運べるだけの水を運んで家族を助けます。

 

 


 

 

 


栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

犬のルーサ

 

数か月前、約8年間一緒に住んでいてくれていた犬(ルーサ)が

突然死んでしまいました。

 

生後すぐにコンゴ人の友人から買った大切な犬です。

最近痩せてしまっていて心配していたところでした。

それでも夜少しでも怪しい音がすると変わらず、

ものすごい勢いで吠えてくれていました。

 

 

モザンビークでは協会の仕事以外は

孤独な時間も多かったです。

 

家に押し入ってくる強盗対策で飼いだした犬たち、

大量のねずみ対策に飼いだした猫たちが

一緒に住む私の大切な家族で

いつも孤独を癒されて助けられていました。

 

この約8年間、

この町にいるときは、夜は安全のために基本的に

いつも一人で家にいたので、(クリスマスや年越し、誕生日も )

ルーサたちは話し相手になってくれていました。

 

自分の食べる物も、ずっと節約節約で生活していたので、

動物のお肉、鶏も高いのであまり買わずにいて、

ルーサたちにも食べさせてあげる機会が少なかったこと

とても申し訳なく思いました。

 

お金持ちの人が行く高級スーパーマーケットで

おいしそうなドックフードが売っていたことがありましたが、

値段が高くて買ってあげる勇気がありませんでした。

 

動物を解体して売っているところで、

ルーサ達が大好きな余った動物の骨や皮の部分だけでもと

安く売ってもらうこともありましたが、

それですら途中から

値段が高くなってしまっていて頻繁には買えず。。

 

いつも自分のおかず(葉っぱやお豆の食べ物)か、

もみ殻と干した小さな魚を混ぜただけのことも

多かったことものすごく後悔しました。

 

自分にとっても贅沢なおかずの一つになる

シーチキンの1つ缶、みんな(犬3匹、猫4匹)で油汁まで分けて

食べるのですが自分が一番多い分量、食べてしまっていました。

 

ケチらず、もっとおいしいもの食べさせてあげればよかった。。

 

「人間にとったら、動物(ペット)と過ごすのは自分の人生の中の

たった数年、あるいは十数年だけど、

寿命が短い動物たちにとったら飼い主が全てで、

一生ともにする相手なんだよ。」って日本で聞いたことを思い出しました。

 

色んな事に追われ、慌ただしく過ごしてしまっていて、

あんまり遊んであげることができなかった日々もとても後悔しました。

 

「人や動物は死んだら、

今まで死んでいってしまった人たち、動物たちにまた会える。」と

聞いたことがあるので

私もまたルーサや亡くなっていってしまった人たち、

動物たちに会えることをいつかの楽しみに今を大切に生きて行きたいです。

 

ルーサも、昔一緒に暮らしていて、

誰かに殺されてしまった犬(ぶーにゃん)に

今頃会えて楽しく暮らしていると願っています。

 

写真ルーサ

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(5)
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