何気ない言葉

 

 

数年前までモザンビークに住んでいたインド人の友人がいました。

 

 

彼はインドの裕福な家庭出身で

インドの資源会社(宝石、石炭など)で働いていて、

その関係でモザンビークに数年間住んでいました。

 

 

彼はいつも四駆の大きな車に乗り、現地のスタッフを連れて、

ブッシュの中によく資源調査のために行っていました。

 

 

その時にモザンビークの貧しい村の人たちの生活を

よく眺めていたようでいつも驚いていました。

今はインドに戻り、大きな都市にあるオフィスで働いています。

 

                                                                                                                                 

彼が

 

「ねぇ、僕たちって変な世界に生きていると思わない?

多くの貧しい子供たちは、

食べ物や水を得るためにやせ細った体で何キロも日々歩いていて、

多くのお金持ちの人たちは、食べ過ぎてしまって

ダイエットのために何キロも歩いたり。

変な世界だね。」 と。

 

 

深い意味もなくただ何気なく言った一言だったんだと思いますが、

なんだか少し心に残る言葉でした。

 

 

 

写真 モザンビークの夕焼け

 

 

 

栗山さやか | 色々な国の人々 | comments(5)

スイスに住んでいる女性

 


以前、モザンビークの首都ににいたときに
泊まっていた安宿で
スイスに住んでいるという女性と一緒になりました。

 

ビーチサンダルが壊れちゃったから
新しいのを道端で売っている子から買ったと
話していました。

 

「300円だと言われたんだけど、
でもその男の子、ボロボロの服着ていて
しっかり接客してくれて、
お釣りはいらないって700円払ったの。」

 

私と一緒に話を聞いてた欧米系のバックパッカーの人が

 

「えーそんなことしたら外国人はいいカモだと思われて、
次から外国人みたらその値段で売り始めるかもよー。」って言いました。

 

その女性は、

「しっかり接客してくれたし、チップみたいなものかな。

それに、それもしょうがないんじゃないかなって
言うぐらい所得の差があるよね。

 

私は、休みをとって飛行機に乗って別の大陸の国に行ける、

この子は、ボロボロの服を来て
道端で大切そうに数足のサンダルだけ並べて売っている。

 

私、スイスにずっと住んでいて、
仕事にもつけて何カ月か節約をすれば
旅行も行けるようになったの。

 

でももともと私も私の家族も

トルコで政府に虐げられた民族出身、
宗教を信仰していて、小さいころに難民として
スイスに受け入れてもらえて今があるの。

 

自分たちも困ったときにとても助けられたから、
だからどこかで誰かが少しでも普段より
いい食べ物、買えたらいいなぁと思って。
ただそれだけ。。」と教えてくれました。

 

私はそういうことについて
もんもんと考えてしまうことも時々ありましたが、
この話を聞いて単純になんだか心が温かくなりました。

 

 

 

写真 首都の道端

さとうきびジュース売りのかたと

手動絞り器

 

 

栗山さやか | 色々な国の人々 | comments(3)

北朝鮮の医師のみなさん

 

 

※ 知り合った北朝鮮の方々とのことを書きましたが、もしかしたらその方々が

北朝鮮に戻られた後に何か問題になってしまう可能性もあるのではとアドバイスをいただき、

以下のブログの内容のいくつかを削除させていただきました。

 

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北朝鮮は1975年にポルトガルからモザンビークが独立する前から

支援をしていてモザンビークと関係がなかなか深い国の一つです。

 

今年に入ってから悪化している襲撃などに対応するため、
中国軍、ベトナム軍だけではなく、北朝鮮の軍事専門家も
モザンビークにきていると言われています。

 

少し前には、北朝鮮の外交官がモザンビークのサイの角、象牙などを
密輸をしていて捕まったというニュースもありました。

 

北朝鮮からモザンビークに派遣されている医師の方々は、
3年ごとの契約で交代で派遣されているようです。
子供は連れてこれないけど
結婚している場合は奥さんは連れてきていました。

 

北朝鮮の方々は見た目が日本人にやっぱり似ていて
アフリカの人々の中にいると、
自分にそっくりなので親近感がわきます。

 

この北朝鮮のお医者さんとその奥さんたち10人ぐらいに
初めて知り合った時の第一印象はあまりよくありませんでした。

 

自己紹介をした際、
「日本人です」と言うと

 

「君は日本人かい。 日本はアメリカの犬だからね」と
いきなり言われてしまい。。

 

みなさんの上着の胸元には、将軍様のバッチがつけてありました。

 

片言の日本語をみなさん知っていて、
「我々は〜」など知っている日本語を教えてくれました。

 

病院で実習をしていた頃、グループ全員で病院に忘れものをしてしまったときは
わざわざ医療学校まで来て、「忘れものだよ。」と持ってきてくれた
北朝鮮の医師たちもいてなんて優しいんだろうと

モザンビーク人のクラスメートたちと感動しました。

 

今回、モザンビークに来たことが、
初めての海外で、なにもかもあまりに違ってびっくりしたそうです。

 

一緒に大きなお祝いごとに呼ばれていったときも
林家パー子さんみたいに写真パシャパシャ撮っていて

モザンビークの人たちとみんなで踊ったりして
すごい陽気なご夫妻でした。

 

おいしい北朝鮮の料理を作ってくださったり、

お宅に遊びに行って私が帰るときも、いつも家の前の道まで出て、
私が自転車こいで見えなくなるまで手を振ってくれて

見送ってくれてとても優しいご夫妻でした。

 

 

今は無事に北朝鮮に戻り、
3年ぶりにご自身の子供たちに会えて、

わいわいされているんだろうなぁと思います。

栗山さやか | 色々な国の人々 | comments(12)
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