アレルヤの体調

 

 

ブログの更新、活動報告が出来ておらず

申し訳ありませんでした。

 

急遽、約3か月間ほど、娘と二人暮らしを

することになり、

やらなければいけない事が多くある中で

寝不足も続き、二人とも体調を長々と崩していました。

 

自分が横たわったまま動けず、

隣で娘が泣き叫んでいるのに上手くあやせず。。。

 

やっと少し良くなってきました。


もっと健康管理しっかりしなければ。。

と自分にかつを入れました。

住んでいるアパートの中が寒すぎるので、

遂に電気ストーブを買いました。

 

買えるお金があること、本当にありがたいです。

ストーブあったかくて、つけていると幸せな気持ちになるなぁと

ストーブつけるたびにぼけっと思っていました。

 

モザンビークのルーシアさんからの連絡で

昔5年以上、アシャンテママに通っていて、最近は家族と

奥地の村で暮らしていたアレルヤという女の子がいました。

 

今回、極度の貧血で

病院でいくら輸血をしてもまたすぐ貧血になってしまって。。

心臓肥大になってしまっていると。。

 

現地の病院では、患者さんが輸血が必要な場合、

原則、輸血の血をくれる人を自分たちで探してこなければいけません。

 

ただその際に、血をあげる側が、

HIVなどに感染していることがわかったり、

その人自身も栄養失調であげることができなかったり。

 

アレルヤは、母親からHIVに感染して産まれてきた可能性が高い子でした。

父親はアレルヤがまだ小さな頃に亡くなっていました。

 

アレルヤは体の発達に問題は抱えながらも、HIVの治療を続けていました。

(HIVに感染すると様々な合併疾患になりやすいのですが、極度の貧血もそのひとつです。)

 

今回の治療を続けるために(もしかしたら別のもっと大きな病院で

治療をすることになるかもしれず)

アレルヤの身分証明書は以前にアシャンテママでサポートして取得済みなのですが、

母親の身分証明書が必要で、母親は持っていず、

母親がアシャンテママの教室を訪ねてきて。。

 

急いでその費用を援助するように伝えました。

 

アレルヤが早く良くなりますように。。

証明書の費用(約1500円)

病院代の援助や緊急の食糧支援をさせていただいています。

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

 


栗山さやか | 病気などのこと | comments(4)

色々な出産

 

赤ちゃんとの生活が始まってしばらく経ち、

アフリカとは全然違う日々に

ふとしたときに色々考えてしまいます。

 

体調が悪くボロボロだった妊娠期間を

途中からこの安全な場所で過ごせたこと、

強盗たちが今夜来るかもしれないとびくびくせずに

今こうして赤ちゃんと夜安心して眠れていること、

毎日眠る前に感謝しながら布団に入ります。

 

アフリカで色々な出産を見てきました。

 

設備の整った病院で無事に出産を迎えられる女性もいる一方、

そうでない女性もまだ多くいました。

 

陣痛に耐えながら遠くの病院まで一人で歩いて向かう途中、

道端の草むらで出産した女性たち。

 

夜病院にいく手段がなくて

家で一人で産み落とし、

自分でへその緒を切って出産した女性たち。

 

夜中に陣痛に耐えながら、

自転車の荷台に乗って病院に運ばれてくる途中に

強盗に襲われて、ナタで切り付けられ、

肩に大けがを負いながらも必死に分娩をしていた女性。

 

12歳で出産したまだ子供のような女の子。

 

性的暴行を受けて見ず知らずの人の子を出産した女の子たち。

 

出産で赤ちゃんと共に命を落としていった女性たち。

 

出産間近で殺されてしまった女性たち。

 

私が偶然見てきた出産は、

広い世界のたった一部の人たちですが、

こういった厳しい現実に

向き合わなければいけない女性が一人でも減りますように。

 

どこで生まれても、

まだ小さな子供たちが苦しむことのが

少しでも減りますようにと願っています。

 

 

 

 

 

栗山さやか | 病気などのこと | comments(7)

クラスメート


 
 
 医療学校で一緒に勉強していた
 近くの席に座っていた女の子。

 クラスメートは、男子生徒が多くて、
 女子生徒は私も含めて
 7人しかいず
 その中でもよく話す子でした。

 卒業する少し前に
 
 「さやかー。私、病気になっちゃったよー」って。


 医療学校、朝6時40分から学校始まって
 朝9時からの15分休みに
 食堂で一人、パン1個とお茶一杯を飲むことができました。
 

 ひとりひとり、パンにジャムを塗るときに
 多く塗りたいがためにスプーンを使う人がいましたが、
 ジャムが全員分行き届くように、
 スプーンを使ってジャムを塗るのは禁止されていました。


 ナイフで薄くのばしてパンに塗ることになっていて、
 違反してスプーンを使った人は罰則として
 畑耕しの罰や、井戸の水汲みの刑があったり。

 最初の頃は、みんな食べ物のことで揉めてけんかによくなっていて
 その雰囲気が苦手で私は食堂にはいつもいかずにいました。
 
 あとその15分ももったいなくて、授業の復習したり、
 よくわからなかったところを読み返したりしていて教室に残って
 勉強していました。

 その女の子、寮生活していたから
 お腹がすいているはずなのに、
 その時間、教室の机で顔を伏せてよく眠っていました。
 
 痩せている子だったし、
 「食べにいかないの?」って心配して
 ときどき聞くと、
 「食欲ないよー」って。

 卒業してその子は別の州に配属になったのですが、
 病気が悪化していて病院勤務開始できていないと聞きました。

 私が少し前にいた州の病院に彼女が入院していると聞き、
 お見舞いに行こうと思った日の数日前に彼女の 
 具合がとても悪いと聞きました。

 お見舞いに行こうと決めていた日の早朝、電話が鳴って、
 彼女が亡くなったと連絡が来ました。

 クラスメートの中でも一番若い子で
 まだ21歳でした。
 
  
 数年先輩にあたる医療技術師のかたいつだったか

 「僕のクラスメート、卒業して最初の1年で3人がエイズで亡くなったよ。
  君たちのクラスで、最初の1年で誰も亡くならなかったらすごいことだよ。」
  って言われたこと思い出しました。

 
 国家試験合格したときに彼女、

 「やっとやっと試験地獄から抜け出せたね。本当に辛かったよ。
  卒業、ものすごく嬉しいね。」って泣きそうな笑顔で言っていました。


 卒業後、この数か月間、入退院を繰り返して

 すごく苦しんでいたと聞きました。
 

 命の長さは、幸せに比例するわけじゃないと

 聞いたことありますが
 それでもなぜなんだろうと思ってしまいます。

 どうかどうか
 彼女が安らかな場所にいますようにと願うばかりです。。


 


 









 
 
 
 
 
 

栗山さやか | 病気などのこと | comments(5)

子供たちの写真と熱帯性マラリア。

 

 


アシャンテママの子供たちの写真です。
みんな元気です。

先週、私の家からアシャンテママの教室に行く途中にある道で
朝方死体が見つかって、
若い男の子で、性器も切断されて持ってかれていて、
両目もくりぬかれて持っていかれていたそうです。

うちから歩いて5分ぐらいのところに住む男の子でした。

夜8時過ぎに暗くなってから一人で歩いている本人も
悪いってみんなは言います。

通っていた医療学校も教室の数が少なくて
助産婦科の子達は、午後2時から夜9時までの授業でした。

その帰り道に襲われてしまっている子達もいました。

中学校も高校も教室の数、先生の数が足りなくて
夜間の授業になっている学校が多いです。
(日中は小学校になっている)

治安がもっとよくなればといつも思います。

協会に新しい子供たちも入ってきました。

勉強小屋に来ていた一人の3歳の女の子、
一人で育てていた17歳だったお母さんが
突然亡くなってしまって、17歳のお母さんだった子も
お母さんはもう数年前に亡くなっていたので
20代前半のお姉さんが育てています。

この女の子、マラリアに罹ってしまっていて
辛そうだったけどしっかりお薬を飲んで容態も安定してきていました。

ここでは、特に5歳以下のまだ免疫力が弱い子達は
風邪にかかるようにすぐにマラリアになってしまいます。

重症になるとあっという間に亡くなってしまいます。

時々会っていたこの町に住んでいた私と同じ歳のブラジル人の女性、
モザンビークに来て1年少ししか経ってないのに、
1歳の女の子を残して重度のマラリアになってしまい

亡くなってしまいました。

日本にいるのと見た目も全く一緒の蚊で
マラリアに感染した蚊に刺されるとマラリアに罹ってしまいます。

発見が早くて脳マラリアなどの重症にならなければ、
3日間飲み薬を飲むだけで良くなります。

ただ治療が遅れてしまったり重症になってしまうと
あっさりと命を奪っていきます。

みなさまのご寄付で今回も
首都マプトに滞在したときに丈夫な蚊帳が買えました。

蚊は夜活発に動き出すので
蚊帳はとても大切です。

本当にありがとうございます。


写真。

アシャンテママの子供たち。







 

栗山さやか | 病気などのこと | comments(6)
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