9年前の2月にアシャンテママの教室を始めました。

 

9年前の2月にアシャンテママの教室を始めました。

 

9年経った今は、

マラウィの子供達も含めると、

1箇所の教室で35人の子供たちの人数が、

3つの教室で今は564名になり。

 

強風大雨ですぐ吹き飛ばされてしまっていた

わら小屋だった最初の教室は、

温かいご支援のおかげで、

レンガの教室を作らせていただくことができました。

 

 

日本に戻っていた時、数人の方から、

「こういった活動は、

継続することがとても難しいと聞いたことがありますが

運営費が底をついてしまうことは無かったのですか?」

と聞かれました。

 

 

アシャンテママは、

日本で自分で働いて貯めた貯金の残りと

あとブログを携帯配信してその配信料いただいて、

そのお金で始めた活動でした。

 

いつまで続けるとか、将来のことまで

考えずに始めてしまった活動でした。

 

 

「あぁ。あと数か月後には

もう運営費が無くなってしまう、どうしよう、、

無責任なことをしてしまったんじゃないか」と

夜、活動が終わって一人で布団に入って、

眠れなくなるぐらい落ち込んでいた時期がありました。

 

そんな時、日本でずっと働いていた、

今は亡くなってしまったオランダ人の友人や

お散歩会の皆様がチャリティーの集まりを開いて

寄付を募ってくださったり。

 

それからしばらくして、

岩波ジュニア書店さんで出させていただいた本の原稿料、

地元の応援会の皆様、

池高(母校)同窓会の皆様、

募金箱をおいてくださった地元のお店の皆様、

社会貢献者賞、ソロプチミスト賞をいただけたり、

ブログや本を読んでくださった皆様に

支えられて続けてこれた活動です。

 

活動費に関してのお返事に対して、

 

「ありがたいことに、

いつも何とか皆様に支えられて

続けてることが今もできています。」

 

とお返事すると、

 

その一人のかたは以前中国に住まれていた方で、

 

「中国でも、キリスト教の方々が

現地の子供達をサポートしている施設があるのだけど、

いつももうお金が尽きてしまうってなると、必ずその時に

必要な金額が寄付されたりしているとおっしゃっていたよ。

神様がいるのかもしれないし、

本当に必要な人達には助けが少しでもいくように

そういう風にできているのかもしれないね。

ありがたいね。」

というようなことをおっしゃってくださって。。

 

 

「皆様の大切なお金をいただいて

続けさせていただく価値のある活動なのか。。。」

と自問自答を続けてきた9年間でした。

 

今は自分が現地に住めなくなってしまい、

それでも活動を続けさせていただいて、

いつもありがたい気持ちでいっぱいでおります。

 

深く深く感謝申し上げます。

 

写真

 

教室に休まずに通った子たちに

蚊帳を渡しています。

 

予防接種もなく、感染率の高い

マラリアの予防には

蚊帳の使用はとても大切です。

ご支援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | お礼 | comments(1)

シーチキンの缶

 

 

ときどき食べるシーチキン。

 

溢れるように食べ物が売られている

スーパーなんかで今もシーチキンの缶を見かけたり、

買って食べるたびに、

モザンビークでは、シーチキンは高価だったため、

週に1回の楽しみのおかずだった頃の生活を思い出します。

 

 

最近2回短期アパートに引っ越しを繰り返し、

(まだ最終的にアパートが決まっていず。。)

一日中育児、夜泣き寝不足、アトピーもひどくなり、

新しい土地での生活、アパート探し、

モザンビーク、マラウィのスタッフとのやりとり、

現地へ行く準備、

なんだか少しアワアワしてしまっていましたが、

 

現地のみんなに比べたら

安全な場所に住めて、ご飯は食べれるし、

どんなに狭いアパートでも

最低限必要なものは全部持っていて。

 

 

先日、 モザンビークの現地のスタッフの

ミーティングで私も電話で参加して話をしていました。

 

ミーティングが終わってから、

元々アシャンテママの畑で働いていた女性たちで

今は教室で水汲みや赤ちゃんの子守りをして

働いていてくれる女性たちから

借金の申し込みがありました。

 

今の時期は、路上のマーケットで売られている野菜、主食の

トウモロコシの粉も含め、

食べ物の値段が全体的にとても上がり、厳しい時期です。

 

来月末になれば、きゅうりや、かぼちゃが収穫の時期になり

路上のマーケットに売られるようになるので、

なんとかお腹を満たせると話していました。

 

お芋もそろそろ売られる時期と話していて、

 

「お芋の収穫の時期は

まだ先なんじゃないかな。」と聞くと、

 

みんな食べ物がなくて、

お腹が空いて、まだ収穫時期には早くて、

お芋まだ小さいってわかっているけど、

土から掘り起こして食べちゃったり、

子供の新学期が始まる時期なので、ノート代が必要で、

小さくても売るために掘り起こしちゃうって話をしていて。。

 

それにお芋が大きくなる収穫の時期までしっかり待ってしまうと

その前に泥棒たちに掘り起こされて盗まれてしまうこともあり。

 

逆に泥棒達も収穫の時期より先にみんなが掘り起こしてしまう

ことを知っていてさらにもっと早い時期に

お芋もまだとても小さいのに、

掘り起こして盗んでいってしまったり。

 

一生懸命毎日畑を耕しても

あっさり盗まれて行ってしまうことが当たり前のことのように起こる日常。

 

 

もうすぐ現地へ戻る予定ですが、

今回は2か月以上滞在できればと思っております。

 

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

写真 アシャンテママ教室のマラウィの子供達。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(2)

アレルヤ

 

以前ブログに書いたアレルヤ。

 

 アレルヤの体調

 

ずっとこの数か月、病院へ入退院を繰り返していて、

彼女のお母さんは、

悲しくなるぐらい痩せ細り、

歩けなくなってしまった彼女を背中におぶって、

泥道を歩き、教会へ通って祈りを捧げていたと聞きました。

 

先日、アレルヤの具合がとても悪いから

車を使って病院に運びますとルーシアさんから

連絡がありました。

 

ですが病院について翌日には亡くなってしまったと。。

 

ショックを受けていると、

彼女のお母さんが、どうか二千円、貸してほしいと。

 

アレルヤを包む白い布代のためでした。

 

ここでも棺桶はものすごく高価なもので貧しい人は買えないので、

白い布でご遺体を包んだり、ゴザで包んだりして

土葬します。

 

 

闘病を頑張っていたアレルヤ、

亡くなってしまう数日前に

ルーシアさんがバナナとお米を持って訪ねたときに、

「何か他に食べたいものある」って尋ねると、

 

「これで十分です。ありがとう。。」と言って

その場でゴザの上で横になりながら、

バナナをゆっくり食べていたと。。

 

 

アレルヤが今は天国でゆっくり休めていますように。

 

 

エチオピアの施設でボランティアしていた時と変わらず、

12年が経った今も、子供たちが亡くなっていってしまうたびに、

いつも何かもっとできたんじゃないかと

考えてしまうことを繰り返しています。。

 

 

写真:一番前のピンクの服を着た女の子がアレルヤです。

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(5)

マラウィのアシャンテママの子供達

 

モザンビークもマラウィも

今は雨がたくさん降る雨期の時期です。

 

雨期の時期に入り始める頃の毎年12月ごろに、

みんな来年の5、6月ぐらいに

収穫できる主食のしまの素となる

白いとうもろこしの種を植えるために

一生懸命家族総出で畑を耕します。

 

3歳ぐらいの子たちも

薪集めをしたり、

小さなくわを使って家族と一緒に耕す練習?を始めていたり

小さめのバケツに水をいれて頭の上にのせて上手に運んだり。

 

 

収穫の時期が来るまでの

今のこの時期から4月ぐらいまでが

1年で一番食べ物に困ってしまう時期だと思います。

 

マラウィでもアシャンテママの教室に通っている

遺児や病気、障害を抱えて生きる子供達、

空腹で過ごす時間が多いので

アシャンテママの教室でお昼ご飯を食べられること

みんなとても喜んでくれています。

 

 

暖かいご支援、いつも心から感謝致しております。

 

 

写真

みんなの大好きなお米と卵のお昼ごはんと飴玉。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | マラウィでの活動 | comments(0)

強盗に入られないためのドア

 

先日、ルーシアさんが近所の路上マーケットに行ったときに

知り合いの10歳ぐらいの女の子をみかけたとき、

女の子の顔がひどく腫れてしまっていて。

 

どうしたのか尋ねてみると、

夜中に強盗がやってきて、家族みんなで暴行を受けたと。

 

強盗たちは、斧でドアを壊してはいってきたようで、

銀行からおろしてきたお金を出すように要求したそうです。

 

その日の昼間、確かに家族の一人が

町中にある銀行からお金をおろしていて。

 

昼間、銀行から後をつけられて、

夜中になるのを待って入ってきたようでした。

 

強盗たちは銃も持っていて、

命乞いをして、命だけは助けてもらったそうですが、

ひどい暴行を受け、家族の何人かは病院に入院していて。

 

この10歳の女の子ですら一緒に暴行をうけてしまって。

 

恐ろしい思いをした、

ご家族みなさんが早く完治しますようにと

思っています。

 

 

アシャンテママのお金の管理をしてくれている

ルーシアさんたちも、

どうか危険な目に合ってしまわないようにと

いつも願っています。


 

写真は、

アシャンテママの教室の敷地内に住んでくれている

ルーシアさん、ルーシアさんの親戚の子供達が

眠る部屋です。

 

ドアを斧で壊されてしまわないように、

鉄格子をつけさせていただきました。

 

これがあるだけでだいぶ

安心するといっていました。

 

来月現地に行くとき、頑丈なタイプの南京錠を

こっちで買って持っていきたいと思います。

現地に着いたら、

安全対策の強化ももっとしっかりしていきたいです。

 

いつもご支援ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(3)

お正月にお米を渡したときの動画と写真

 

お正月、

みんなの大好きでみんなにとってはとても高価な食べ物のお米、

一人3コップずつ渡させていただきました。

 

みんなとてもとても喜んでいたそうです。

 

雨期に入ったこの時期は、

家族に連れられて町を離れ、

遠く離れた村やブッシュの中で

畑を毎日耕して生活をしている子供達が多いです。

 

その子たちには、町に戻ってきたら

渡させていただきます。

 

温かいご支援、心から深くお礼申し上げます。

 

 

※動画です。音がでるのでご注意ください。

 

 

 


 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)

2019年明けましておめでとうございます。

 

 

2019年 あけましておめでとうございます。

 

日本で過ごすお正月、紅白歌合戦、年越しお蕎麦、

除夜の鐘、初詣、おせち、お雑煮とかを想像して

幸せな気持ちになっています。

みなさまどうか穏やかな元日を過ごせていますように。。。

 

 

以前に、約9年ぶりに日本へ一時帰国したときは12月でした。

 

モザンビークは夏の暑い時期だったので、

冬服をあまり持って来ずに、日本に戻ったのですが、

実家に戻ると、私の中、高校の頃の服が

たんすに入ったままでした。

 

25年ぐらい前、中学校の頃はやっていた

シャカシャカズボンなどそのまま中学校の頃なんかの恰好で

実家で過ごしていました。

(渋谷の店員時代の服は派手派手すぎて

一体、なんでこんなの着ていたのかな。。と思い

着れませんでした。派手なハイビスカス柄とか。。)


実家には私が幼稚園の頃、給食に持って行っていた

私の名前が書かれたプラスチックコップ、給食袋、

うちの兄が小学校の家庭科で縫ったクッション、

母が小学校の頃に編んだマフラーもまだ使っていました。。

(55年以上前のマフラー)

 

「もったいなから捨てられない。。」と言う母の言葉、

日本に住んでいた頃は、あまり思わなかったと思いますが、

今は、とても分かります。。

 

私が中学でソフトボール部で着ていたユニフォームや、

中学・高校の頃のジャージ、

25年経ってもチャックも壊れていないし、

素材も立派ですごいなぁと思いました。

 

モザンビークに持って帰って、プレミオとして渡しました。

簡単には穴があきそうもない、しっかりした固い素材で、

すごく気に入ってくれて、受け取れた子供達、

毎日毎日着てくれています。

 

 

写真 私の中学、高校時代のジャージ、ユニフォームなどです。。

 

 

 

栗山さやか | 日々の暮らし | comments(4)

2018年もありがとうございました。

 

 

2018年も今日で終わりになりますね。

 

私は、夫が転職したため、

明後日にオランダの村に引っ越しをすることが先日決まり、

急いで準備をしています。

そして来年の2月から、またしばらくモザンビークとマラウィに

行かせていただければと思っております。

 

一ヶ月以上こじらせた風邪も咳は残っていますが、

やっと体調が良くなり、

今年もまた1年の最後の日を無事に迎えられるのは

つくづく幸せなことだなぁと思っています。

 

 

アシャンテママの活動も

ご支援してくださる皆様のおかげで

また今年も1年続けさせていただくことが出来たこと、

深く深くお礼申し上げます。

 

ルーシアさん、フィロメーナさんをはじめ、

現地で働くスタッフの女性たちは、

全員、貧しさやHIVと共に生きる女性たちで

(元々アシャンテママの女性の授業に参加していた女性たち)

今はスタッフとして何年も働いてくれているのですが、

みんないつもとても感謝して働いてくれています。

 

「アシャンテママがなかったら

私はどうなっていたかわからないです。。

本当にありがたくて。。」

とルーシアさんたちがよく言ってくれる言葉です。。

 

ルーシアさんのことは前に書きましたが、

ご自身も小さな頃に両親が亡くなって

ずっと苦しい生活をしていたから、

 

今、アシャンテママの仕事を通して、

そういう立場にある子供達を見ると

自分の小さな頃を見ているようで、

「この子達の気持ちがとてもよくわかる」と言っていました。

 

そしていつも休みの日でも、

病気の子達の様子を見に行って、

自分の家の食べ物を分けてあげています。

 

先日アシャンテママとしても、

お父さんもお母さんも両方亡くしてしまった子供達に、

少しでもお腹を満たして年越しができるようにと、

お砂糖一袋、お米4コップ、スパゲティ2袋、棒石鹸1本、

日本の方がくださったお洋服一着を渡させていただきました。

 

他の子供達にも、

年越しはみんなの大好きなお米でお腹が満たされるように、

お米3コップずつ渡させていただけたらと思います。

 

2018年も温かなご支援を下さり、

本当に本当にありがとうございました。

 

皆様が、ゆっくり穏やかなお正月を過ごされますように。

素晴らしい2019年を過ごされますように。。

 

栗山さやか | お礼 | comments(2)

畑の犯人たちのその後

 

 

以前に書いた畑を占領してしまった強盗集団。

 

その中の数人と現地に行ったときに話し合いましたが、

結局アシャンテママの畑は諦めたことを書かせていただきました。

 

畑の土地問題(続き)

 

 

ある夜、この強盗たちは、

ある女性がたまたま一人で家にいた日を狙って

強盗に入り、泣き叫ぶ彼女に暴行を加え、

マットレスなど家財道具を奪っていったそうです。

 

その家から物を奪って逃げていったとき、

この女性は、気丈にも外に出ていき、

彼たちの名前を叫んだそうです。

 

逃げる途中にその声が強盗たちの耳に入り、

その女性のとこに大激怒して引き返し、

さらに暴行を加え

殺してしまったそうです。

 

近所の人たちは全て聞こえていたけど、

怖くて助けに出てはこれなかったと。

 

その同じ夜、また別の家にも入り、物を盗んでいって

でもその被害男性は、生き延びて

すぐ次の日に被害を警察に訴えたそうです。

 

警察も彼たちの家に行き、盗んだものがあるのを確認し、

殺された女性が彼たちの名前を叫んでいたことも近所の人から聞き、

彼たちは警察に捕まったそうです。

 

具合の悪いアレルヤの様子を

見に行った帰りに、ルーシアさんも

ちょうど、アシャンテママの教室の前を警察に連行されて連れていかれる

彼たちをみたそうです。

 

殺されてしまった女性が不憫でなりません。

 

強盗集団の全員が捕まったわけではないこと、

もしかしたら全員すぐに釈放されてしまうかもしれないこと、

他にも強盗をする人たちはいるので、

ルーシアさんたちの身の安全もとても心配です。

 

 

 

栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(4)

子供たちのノートの写真

 

モザンビーク政府の学校では、

小学校から学年によって進級テストがあります。

テストに合格しないと落第制度で

かなりの子供達が落第してまた同じ学年をやり直します。

 

 

アシャンテママで政府の小学校への入学援助サポートをして、

今年から通えるようになった子達の多くは、

自分の家族で誰も公用語(ポルトガル語)が話せず

読み書きもできないご家庭の子達が多いです。

 

まだまだポルトガル語でのやりとり、

読み書きは難しくて

ゆっくりゆっくり覚えていっています。

 

もう何年もアシャンテママに通っている子達は、

この進級テストを受ける必要がないぐらい優秀で

担任の先生から「受けなくても良い!」と言われ

そのまま進級できる子達もいます。

 

勉強が得意な子もそうではない子も、

みんなが勉強を続けられるように

できる限りサポートしていければと思います。

 

いつだったか誰かに、

「かわいそうだと思って、

 ずっと子供達をサポートしているんですか?」

と聞かれたことがありました。

 

その時、なんて答えたのか覚えていないのですが、

多分、12年前エチオピアで医療ボランティア、

モザンビークの病院や、アシャンテママの何人かの子供達、

たくさんの若い子たちの短い人生が終わっていく姿をみて、

「もしも自分がこの子だったら。。」と思って、

それが今も続いているただそれだけのような気がします。

 

ありがたいことに皆様からのご支援で活動も続けられていて。

 

心から深く感謝致します。

 

 

 


栗山さやか | モザンビークでの活動 | comments(2)
このページの先頭へ