子供達へのプレミオの写真


1年前にモザンビークの小村に開校した、アシャンテママの4つ目の教室に通う子供達のうち、自宅でプリント学習を頑張った子供達に、プレミオとしてサンダルを渡させていただきました。

 

村にはマーケットのような場所はないため、お砂糖やお塩、油などのちょっとしたものを売っている小さなお店屋さん以外は、

 

月に1度、行商の人たちがやってきて路上で、その日だけマーケットを開催してくれます。(ただパンデミックの影響で今は半年以上開催されていないとのことですが)

 

20キロ離れた町から来るのでその分値段も更に高くなってしまい、現金収入を持たない人が多いこの村に住む人たちには、なかなか洋服やサンダル、蚊帳などの購入は難しいといつも聞きます。

 

裸足で暮らす子供達が多いこの村でのサンダル配布はとても喜ばれました。履物を履くことで、破傷風などの感染症、寄生虫やケガなどが防げます。

 

それにずっと裸足で暮らしていると、足の皮が厚く頑丈とも言われていますが、やはり子供達も暑い日には地面は熱いし、寒い日は地面は冷たいし、


サンダルをとても喜んでくれて、生まれてからはじめての履物だった子達もいて。。

 

子供達からも親御さんからも「どうかご支援してくださる皆さまにたくさんお礼を伝えてください」とのことでした。


ご支援下さる皆様心からお礼申し上げます。

 


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教室の再開予定

 

マラウィ、モザンビークとも3月末から全ての学校が休校なのですが、徐々に大学や専門学校、高校3年生などの年の子達への授業が再開され始めている、あるいは今月中に再開されるとのことです。

 

小学校の全学年の学校が再開されるのは、今後の状況によっては、来年からになってしまうのではないかという情報もあります。

 

同様にアシャンテママの教室4校を全て開く許可が下りるのもまだ先になってしまいそうですが、その時まで家庭訪問による学習サポートの継続を続けていきたいと思います。

 

モザンビークのアシャンテママに通う子供達は、アシャンテママがきっかけで教育を受ける機会が出来た子供達がたくさんいます。

 

今回のコロナウィルスの影響でまたこの機会から離れていってしまう子供達が出ないように、サポートしていけたらと思います。

 

ご支援を下さる皆様に深くお礼申し上げます。

 


栗山さやか | モザンビークとマラウィの教室 | comments(1)

子供達からのお礼のお手紙

 

マラウィのアシャンテママに通る子供たちから、お礼のお手紙が届きました。ノエルの手紙を紹介します。

 

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ご支援してくださる皆様へのお手紙

 

みなさん、元気にしていらっしゃいますか?僕は、マラウィのアシャンテママに通う17歳の男の子で中学1年生です。僕はご支援を下さっている方々に全てのお礼をお伝えしたいです。

 

アシャンテママの教室を建ててくれたこと、アシャンテママで給食が食べられること、石鹸や、お砂糖、服、サンダル、ノート、ペン、お米などをいただけて本当に感謝しています。

 

皆さんのご支援のおかげで、僕たちは楽しい時間が過ごせ、家で抱えている数々の問題を忘れることができます。、

本当にありがとう。

 

ノエル

 

〜〜

 

マラウィもモザンビークも3月末からまだ学校が再開されていませんが、家庭学習を続けています。

 

遠くの奥地で畑を耕しに行ってしまっている子達もいますが、みんなが無事に戻ってくることを願い、いつでも戻った時に家庭学習のサポートを続けることができればと思います。

 

 



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現地スタッフと電話を切るときによく言われる言葉

 

3月から私は現地に渡航する予定だったのですが、パンデミックの影響で(国際線フライトの欠航)ぎりぎりのところで行けなくなってしまいました。

 

こんなに長いこと現地に行っていなくて、不安もあるのですが私は遠隔からできる作業をしながら、モザンビーク、マラウィそれぞれのスタッフとの毎日の業務報告、意見交換などをしている日々です。

 

ミスがあったり、話し合いが必要なことがありますが、あぁ頑張ってくれているなと思う日が増えました。 

 

それとふとした会話の中で、いくら長く現地に住んでいても外国人の私にはなかなか気づくことのできなかった目線、微妙な人間関係、感性などをスタッフから教えてもらいはっとさせられたり、今も気づかされることも多いです。

 

2009年に現地のNPOを立ち上げて、2年半後には私は医療学校に入学して、その頃から平日は学校の授業や病院実習の合間でのやりとり、2か月間は別の州で集団生活ながらの病院実習、夜間遠隔で作業や確認等をする生活。

 

その後遂に念願の日本に一時帰国(約9年ぶり)をしたり、マラウィとモザンビークを行き来する生活になり、結婚出産のためにヨーロッパと現地を行き来し現地にいない間は遠隔ワークになり。 

 

現地スタッフのみんなも責任感や自分たちで考え合う力ができてきて、私も遠隔からサポートする形が徐々にできあがっていたのかなと前向きに思っています。

 

現地のスタッフのみんなが、子供達の学習サポートのために家庭訪問をするたびに、子供達が喜んでくれて、それぞれのご家族からいつも感謝をされていてなんだか恥ずかしくて誇らしいと教えてくれました。

 

電話で話した後に、「今日もお疲れ様。ありがとう。」と電話を切ろうとすると、「いつも僕たちの方がありがとうです。僕たちも働きながら色んなことを学んでいるし、この活動をまだ続けることができること、現地でも誰も目を向けないような貧しい子供達をサポートしてくれて本当にみんな感謝しています。」とよく言ってくれます。

 

ご支援してくださる方に深くお礼申し上げます。

 

【写真】ステーラ先生 、マスター先生、子供達の家の前で

 



 

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去年開校した教室のある村へコロナウィルスの情報を

 

現地でも貧しい層の人々は、インターネットもテレビもラジオも持っていない人たちが多く、なので情報源は人々の噂話が主です。

 

それ以外は年に数回、集落などのリーダーが開く会合が外であったり、あとは子供達がアシャンテママの教室や学校に通っている子は学校で聞いた話を家族に話をしたり。

 

町から離れた電気もまだきていない村にあるアシャンテママの教室に、数カ月ぶりにアシャンテママのスタッフが行って(雨期の時期は道が悪くたどり着けなかった)

 

また授業が再開されたばかりだったのですが、パンデミックの影響で閉鎖になってしまっていました。

 

家庭学習のサポートを始め、コロナウィルスについての情報を伝え、言葉や文字がわからなくてもわかりやすくまとめられた2分ほどの動画(ポルトガル政府のもの)をスタッフの携帯の画面で見てもらうようにしました。 

 

その村のリーダーも、取り仕切る別のリーダーも「怖い病気があるらしいことをなんか風のうわさで聞いたけど、一体なんなのかわかってよかった。」ととても喜んでくれたそうです。

 

 

【写真】子供達が教室の周りの草などをみんなできれいにしてくれました。トイレ、キッチン、教室

 



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ウセニの写真


家庭学習サポートのためにスタッフの先生たちが子供達の家々を回るとき、子供達の写真も撮ることが日課になっています。


2週続けて元気のなさそうなウセニの写真が送られてきて心配していました。


ウセニは、身分証明書や出生の時にもらう病院の紙(家で出産)もなく、母親を亡くし、父親は音信不通になり、年老いたおばあさんに育てられています。


年齢もわからず(たぶん14歳前後だと思います)学校にも今まで通ったことがない男の子で、産まれたときから手と足に障がいを持っています。

 

それでもパンデミックの影響で休校になってしまう前は、アシャンテママの教室に休むことなく毎日楽しそうに通っていて、いつもニコニコしていて、文字を読むことも書くことも上手になってきました。


休み時間でも時々教室に残り、ノートに書き取りを一生懸命していました。

 


【写真】1・2枚目、元気がなさそうなウセニ。

 



 

【写真】3枚目、先生がウセニに「マナサヤカが元気にしてる?と聞いてきたよ」と伝えたら笑顔になり、その時に撮った一枚と教えてくれました。

 

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プレミオ

 

教室で授業ができていた頃は、ある一定の日数を通った子達(病欠だったり何かの事情があってこれなかった子達も日数カウント)にプレミオを渡していました。(皆勤賞と書いたりもしますが、しばらくお休みしても一定の日数を通うともらえる仕組みです。)

 

今は家庭訪問でプリントを配布し採点をしているので、一定の枚数になったらプレミオを渡しています。

 

健康を守る蚊帳やサンダル、学校が始まったら必須の制服、少しでも家族でおいしく食べてもらうためのお米あるいは、卵と食用油セットなどの中からそれぞれ一つを子供達は受け取っています。

 

皆勤賞を渡すとき、「これは、一生懸命勉強をしたプレゼント」ということ、そして「いつか将来、あるいは今でも、誰か周りにちょっとしたことで困っている人がいてできることがあるなら助けてあげたり励ましてあげてね。助け合いが回る世の中にしよう。」と子供達に伝えています。

 

この伝え方が正しいのか今でもわからないですが、

「人間がいる限り、世界のどこかできっと戦争はあるし、争いごともある、貧富の差もずっとある。」よく聞く言葉です。

 

自分が困っているときや苦しいとき、全然知らない人からでも気にかけてもらえたり、優しくされると涙が出るほどありがたく思ったり、親切が心に染み入るのは、みんな同じだと思うのでそういう優しい気持ちが子供達にも伝わって、子供達の周りでも伝わっていけばと思っています。

 

ご支援ありがとうございます。

 

【写真】お米や蚊帳を受け取った子たち

 



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図書館

 

昨年から1つ目の教室では、授業のない日は図書館として教室を解放していました。

 

みんなそれぞれに時間があるときに自由に通い、自習をしたり、宿題をやったり。

 

パンとコップ1杯のお砂糖湯も飲めるようにして、本を読んだり勉強をしたりもそうですが、複雑な家庭環境で家に居づらい子達、お腹が空いている子達がいつでも来れる場所にと思いました。

 

家では、1日1食しか食べることができない子たちもいるのでここにきて、みんなゆっくりおいしそうにお砂糖がたっぷり入ったおお湯を飲んだり、大切そうにパンを食べている姿を眺めるとき、やっぱりどこに産まれても一人でも多くのお腹を空かせた子達が減ってほしいと思う気持ちはもうずっと変わらないので、活動に対して自問自答することも変わらず多いですが、嬉しそうな子供達をみると、少しだけこの活動を続けることが許されるような気持ちになります。

 

今はまだコロナの影響で図書館を再開することはできませんが、もし許可が下りたら、次は2つ目の教室でも図書館を開くことが出来たらと思っています。

 

コロナの影響等でとても大変な中でもご寄付を続けて下さる皆様、心からお礼申し上げます。



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HIVの検査

 

数年前からアシャンテママに通っている10代半ばの男の子。この子の家は遠くて、1時間半弱ほどかけて教室に通ってきていました。時々奥地にしばらく畑を耕しに行ってしばらく音信不通になってしまうこともありました。

 

ブッシュの中の小さな小道を近道だからと通ってきて、一人で通ってきた日の夕方は帰りの道が危なくないか心配してスタッフができる限りバイクで送ってあげていました。

 

この子の父親と母親は彼が小さな頃に別れていて、父親はほぼ音信不通の状態だったようですが、少し前に病気で亡くなってしまったと聞いていました。

 

それから1か月も経たないうちに今度は母親も病気で亡くなってしまったと。母親は男の子と一緒に、1年の数か月間は奥地の畑に住み畑を耕して生活していました。

 

亡くなっていってしまったご両親、1か月の間に両親を亡くしてしまったこの男の子を思うと本当にやるせないです。

 

アシャンテママの子供達は、両親、片親を亡くしている場合がほとんどなので、特にHIVの検査をして欲しいと思っています。

 

上手く全員の検査をする流れができればと思うのですが、強制することはできないので、HIVについての正しい理解、検査をすることの大切さ等、今後も諦めずに広めていきたいです。

 

別の州に住む富豪層の知り合い、彼は海外で10年学び、ロシアの大学院も出て社会的地位の高い職業についています。

 

教養のある彼ですら、「HIVのテストだけは絶対受けたくない。知らずに死んでいった方がまだまし。」といつも言っていました。

 

ただHIV、エイズ感染者への以前のようなひどい偏見、差別は徐々に減ってきていると思います。(多くの人が感染しているという事実もあるとは思いますが。。)

 

この男の子は未検査のまま(あるいは、ご家族に真実を伝えてもらえていなかった)と記録しているので、もう少し時間が経って落ち着いたころをしっかり見計らって、親御さんのかわりになる方にもご相談して、HIVの検査を。。と思います。

 

【写真】プリント採点中のルーシアさん。

 

 

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プリント代金

 

アシャンテママの活動する2か国とも、パンデミックのため休校が決まり、家庭訪問を開始するときに、子供達に家庭学習用のプリントの配布を決めました。

 

モザンビーク側は1つの教室は町にあるのでそこでまとめてコピーして別の村、集落の教室の生徒に配布できています。

 

マラウィ側のスタッフにコピー代いくらか確認すると、日本円で1枚約32円。。

 

高いなぁと。。当たり前ですが現金収入すら簡単ではない貧しい人々にとったら、コピーは、めったにできるものではないと。

 

場所が場所なだけに高額になってしまうのは仕方がなく、コピー屋さんがあるだけでもありがたいのかもしれません。。

 

ただこのコピー屋さんは、アシャンテママの教室がある村から11キロ(徒歩片道2時間半ほど)も離れているため、

 

マラウイのスタッフと話し合って、プリント配布をしないやりかたで進めることを決め、家庭訪問では、まだ文字を習い始めた子達にも丁寧に教えています。

 

【写真】自宅で勉強する子供たち

 



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