マルタさん
約1年前までアシャンテママで働いてくれていた
マルタさんという女性が亡くなったと連絡が入りました。
奥地にある畑を耕して生活をしており、
乾期の時期は町に戻って、その間、子供達は学校に通って、
マルタさんはアシャンテママの畑で働いていました。
私と同じぐらいの年の女性で。
旦那さんを子供達がまだ小さな頃に亡くし、ずっと一人で5人の子供達を育てていました。
体調が悪くなり亡くなってしまったと。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
いつもアシャンテママに通っている子供達、
働いているスタッフたちと接する時、考える時、
もしも私がこの子達だったら。。と思います。
私はたまたま、
水道ガス電気がある家庭に生まれ、
食べる物はいつでも冷蔵庫を開ければ何かしらあり、
整った医療制度がある国で、
産まれた場所も当たり前のように病院で、
6歳になれば当たり前のように学校に行ける国。
夜も遅くまで歩くことができるなど、
ある程度の安全がある国、
警察も裁判所も、もしもの場合はすぐ頼ることができ、
賄賂なども日常生活の中で接したこともなく。
国力がある国に産まれたんだなぁと。
現地の貧しい女性たちに「自立支援を。。」
と言ってしまっていましたが、
少し違った見方をすれば、
人間として自立しているのは、
彼女たちのほうじゃないのかな。。と。
現地の貧しい人々は、電気もガスも水道もない家で暮らし、
大雨で家が崩れてしまわないように、泥の壁を塗り、
わらの屋根を補強し、水を運び、料理をするための薪を探し、
機械には頼れず、川や井戸から汲んできた水で手で洗濯をし、
畑を耕し、主食になるとうもろこし、おかずになる野菜を育て、
食べ物が充分にない時は誰に文句を言うわけでもなく、
水を飲んで空腹をしのいで。
時には、出産も一人で産み落とすこともあり、
理不尽なことがあると神に祈り。
ただこの生活はとても痛みを伴うものだと、
現地に約12年間暮らし、みんなの日常をすぐそばで見させてもらい
心底思いました。
「NPOの最終目標はNPOが解散すること」
と言う言葉。
アシャンテママもいつかこの活動が必要なくなる日が来ること、
現地で厳しい生活をしている子供達が安全な日々の中で、空腹に苦しむことなく、
教育を受けれて、人を思いやる気持ちを忘れずに、無事に成長できる日がくればと思っております。
広い世界の小さな活動ですが、ご理解をいただき
ご支援を下さる皆様に心からお礼を申し上げます。

















